第13章
麗菜の日記(冒険編)


 麗菜がそーっと両刃の家の地下のドアを開ける。なかはトレーニングルームだった。
麗菜はため息をつく。
「ねえ、なにしてるの?」
後ろからミナが声をかけて麗菜が飛び上がる。
「ミナか。驚かさないでよ」
そう言って麗菜はトレーニングルームのドアを閉めた。
「ねえ、なにしてるの?」
ミナがもう一度聞く。
「ここに住んでる人は私の上司なんだけど一人暮らしなのよ。それなのに、こんなに広いのはおかしいと思わない?」
「それは私達みたいに急に誰かが泊まりに来たとき狭いと不便だからでしょ」
ミナの後ろから美樹が顔を出して言った。
「それでもなんで一人暮らしの男の台所に花柄のエプロンがあるのかしら」
「さあ」
ミナと美樹が声をそろえる。
「そんなことより、私たちこれからどうするべきなの?」
美実が麗菜に聞く。
麗菜も首をひねる。
慎悟は朝飯を食べると事務所に戻った。やらなければならない事があるそうだ。
「とりあえず事務所に行ったほうがいいから。用意してて」
麗菜の言葉に三人は頷いて二階に上っていった。
麗菜はトレーニングルームのドアの反対のドアを開けてみた。車が止まっている。地下の車庫のようだ。
麗菜が車を見てみる。車についてはまったく知らない麗菜にとって、この車は最高6人まで乗れる車ということしかわからない。
麗菜はまた首をひねる。助手席にはお菓子のごみが捨てられている。それは5年前に製造中止となったお菓子だ。
麗菜がまた首をひねる。
車は掃除がよくされていて、ほこりがまったくない。だが中のごみは捨てられていない。
麗菜が車のドアを開けようとすると一階で電話がなった。
麗菜が慌てて一回に戻るとリビングに置かれた電話の横でミナが電話を取ろうか迷ってる。
「ミナ、私が出るわ」
そう言うと麗菜は受話器を取る。
「もしもし、石神両刃の家ですが」
麗菜はとりあえずそう言った。
『・・・おまえはそこで何をしている?』
両刃だった。
「あら、両刃。おはよう」
麗菜は明るい声で話すが両刃は、
『おまえはそこで何をしている?』
と、質問を反復した。
「話せば長くなるんだけどね・・・」
「要点だけ話せ」
麗菜が説明しようとしたが、両刃が冷たい言葉で制した。
「私の昔の友達をあなたの家に泊めてるの。慎悟の考えよ」
ずばり要点だけを説明している。
「そうか。わかった」
麗菜は、両刃がまた怒ると思っていたのだが何も言われないので少し不信に思った。
『それより、あんまり家の中を散らかさないでくれるか』
「ええ。でも、冷蔵庫の中身を少し使っちゃったけど」
受話器の向こうで両刃はぶつぶつと何かつぶやいた。
「どうしたの?」
『別に・・・』
「別になんて返事の日本語は無いのよ」
言語系の大学を出ている麗菜なりの言葉だ。
『それより、おまえは俺の昔の事件を聞いたんだってな』
両刃が急に言った。
「え、ええ」
麗菜が少しつっかえて返事をした。以前に慎悟の昔の事件を聞いた時に、麗菜はものすごく怒られたからだ。
『そうか・・・。俺があの時、ぐずぐずしてなかったらあいつは・・・、栄子は・・・』
「栄子って誰?」
麗菜が聞く。
『・・・。一つ聞こう。おまえはあの事件をどこまで知ってる』
両刃が数秒の沈黙の後に聞いた。
「あなたが銀行員を死なせてしまったってことだけ」
『おまえはまた!』
両刃がいきなり怒鳴りだした。麗菜が慌てて受話器から耳を離す。
『おまえはたいして知らないことで人を傷つけようとする』
「ちょっと、なによ」
『知らないことで人を責めるのはいい加減にしろ!沖縄のホテルですでにわかっただろう!』
階段から降りてきた美実たちが麗菜と電話を見ている。電話から3メートルほど離れているが十分に両刃の声が聞こえる。それだけ両刃の声が大きいのだ。
「ちょっと落ち着いて」
『黙れ!俺の過去をほじくり返して何が面白い!』
麗菜はまったくそんなつもりは無い。両刃が勝手に勘違いしてキレているのだ。
『沖縄のホテルでは殴らなかったが今は本気でおまえを殴ってやりたい。今俺がおまえの隣にいたら自分の職業も忘れておまえを殴ってるぞ』
逆ギレで勝手にここまで言われると麗菜も黙っていられない。
「なによ!逆ギレって人間としてやっちゃいけないことだと思わないの!」
『おまえだって自分の過去の事をバカにされたらいやだろう!』
『私はあなたの過去をバカになんかしてないわ』
『バカにしたように聞こえるんだ!おまえが言うと!』
「そんなのあなたの勝手な思い込みじゃない!」
二人のテンションが一気に上がってきている。ミナたちはコソコソとダイニングに入った。ダイニングでも二人の言い争いの声が聞こえる。
「沖縄のホテルでも言ったけど、私はあなたが悪いなんていってないのよ。その栄子って言う人が誰なのか知らないけどあなたの過去をほじくり返すようなつもりは一切無いわ」
『俺の暗い過去は誰にも触れられたくないんだ。誰だって過去を隠したい気持ちはあるだろう』
「あなたは特別なんでしょ!あなたの目の暗闇が怖いのよ」
ガタン
受話器から音がして両刃が黙った。
「両刃?だいじょうぶ?」
麗菜が心配した声を出す。今までに何度も両刃と口げんかをしたことがあるのだがそのたびに誰かが止めに入って喧嘩はひとまず終わる。急に両刃が黙るなんてことは今まで一度も無いのだ。
「両刃?」
麗菜がもう一度声をかける。
受話器の向こうで物音がして両刃が出た。
『すまない。言いすぎて』
両刃が急に謝って麗菜は拍子抜けした。
「ちょっと、どうしたの?」
『麗菜。今までいろいろ文句を言ってきて悪かったな』
麗菜の頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになる。
「どうしたのよ?」
『今日帰る。慎悟にそう言っておいてくれ』
そう言って両刃は一方的に電話を切った。
「どうしたの?」
美実が麗菜の側に来て聞いた。
「ん、なんでもないわ」
麗菜はそう言ったが頭の中は不安だらけだった。両刃がよく人が自殺する前に世話になった人に対して言うような言葉をそのまま言ったからだ。
「なんでもないわよね」
麗菜はそう、受話器につぶやいて受話器を置いた。


群馬県上毛高原駅のまえ。両刃は地面に落とした携帯の土を払い、ポケットの中に入れた。
両刃はそばにあったベンチに座ると麗菜の言葉を思い出した。
『あなたの目の暗闇が怖いのよ』
両刃は頬を何かが伝うの感じた。頬を触ってみると濡れている。
涙だ。
両刃はなぜ涙がこぼれてくるのかわからなかった。いや。わからないフリをしていたのかもしれない。本当はわかっていたのだ。
5年ぶりに聞いたその言葉は両刃の心をひどく傷つけた。
「目の奥の暗闇が怖い」
五年前に聞いたその言葉。
両刃はあふれ出る涙を止められない。両刃は5年前から一度も泣いていなかったのだ。
両刃はいましましそうに目を閉じた。それでも涙は止まらない。
「栄子・・・」
両刃はそうつぶやいて両手を握った。
道行く人が心配顔で両刃を見ている。だが声をかけることができない。両刃は両手から悲しそうに殺気を放っていた。今、誰も両刃に声をかけられない。それだけ恐ろしい殺気を放っていた。


「そうか。あいつはまだ忘れてなかったのか」
慎悟が事務所の机でデスクワークをしながら言った。
「忘れてないって、なにを?」
麗菜が聞く。ミナ達の今後をどうするか聞いて、両刃との電話の話をしたところだ。
麗菜は電話の後、ミナ達をとりあえず事務所に連れて来た。いまは三人はリーで遊んでいる。
「栄子ってのはあいつの元カノだよ」
「あんな人でも彼女がたの!?」
麗菜が心から驚いて言った。
「失礼だと思わないか?その言葉?」
慎悟が顔をしかめて聞く。
「でも、正直今の両刃だけ見たら彼女がいたなんて誰も予想できないと思うけど」
麗菜の言葉に慎悟が一応苦笑する。
「だが言っただろう。人を見た目で判断するなって。ぜんぜん学習しないな・・・」
慎悟が首を振りながら言う。
「じゃあ、もしかして両刃が殺してしまった銀行員って・・」
麗菜がうまく話をそらしながら言った。
「ああ。その栄子ってやつだよ」
麗菜は少し自分の軽率さを反省した。
「ひどいこと言っちゃったな・・・」
「まあ、知らなかったんだから仕方がないだろう」
慎悟はそう言いながら机の上に黄色い本を開いて置いた。
「でもあいつもひどいからな。自分の過去を誰にも話そうとせずに、ただ悔やんでばっかりいるなんておかしいよ」
慎悟はそう言いながらキャスターつきの椅子でクルクル回りながら机の上に置かれた本を読もうとしている。
「ねえ、両刃ってあなたと一緒に仕事するようになってからずっとあんな様子なの?」
麗菜の言葉に慎悟がクルクル回りながらうなずいた。
「あいつが銀行員も殺してしまった時に俺が一緒に仕事をやろうって言ったんだ。その時あいつはなかなかうなずいてくれなかった」
「なんで?」
「また誰か殺してしまうのが怖かったんだとさ」
慎悟はそう言いながら回るのをやめて麗菜をまっすぐ見つめた。
「だから俺は言ってやったんだ。失敗を恐れながら生きていくのは大変でめんどくさい。だから失敗をおそれずに頑張ろう。もし、またそんなことが起きそうな時は・・・」
慎悟はそこで髪をかき上げて、
「俺が止めてみせる!ってさ」
慎悟はそう言いながら自分の名言に酔いしれようとしている。
「それで、両刃はうなずいたの?」
「ああ。二つ返事だったかな」
慎悟はそう言いながらデスクワークをしていた書類を片づけはじめた。
「ま、なんにしても、あいつは俺と仕事が出来て幸せだと思うよ」
そう言って慎悟はニカッと笑った。


麗菜が一階に降りると受付からミナ達が麗菜を見た。三人でリーをおもちゃにしている。リーは女性に囲まれてガチガチになっている。どうやら最近、両刃の女性不信が伝染したようだ。
「私達はどうなるって?」
ミナがリーの髪の毛をグシャグシャにしながら言った。
「とりあえず、数日はリーを手伝ってあげて欲しいそうよ」
「そんな!」
リーが悲鳴に近い声をあげる。
「麗菜さん。お願いですから助けてください。どうなるかわかったものじゃありません」
リーが麗菜に泣きついてくる。麗菜はリーの涙を見てミナ達をじっとにらんだ。
「リーに何かした?」
麗菜の言葉に三人とも素知らぬ方向を見る。
麗奈はため息をついてリーに言った。
「何があったか知らないけど、男が女に負けていてどうするの?」
「僕は男女差別は絶対にしません!だからそんなふうに言わないでください!」
そういってリーはすりガラスの向こう側に消えて行った。
「リーは純粋なんだから。絶対いじめないでね」
麗奈の言葉に三人ともニッコリした。
「だいじょうぶよ。あんな臆病な子で遊ぶほど私たちは野蛮じゃないわ」
ミナの言葉に麗菜が顔をしかめる。
「なんにしろ、リーはあなた達にはもったいないくらい純粋でいい男なんだから、絶対に遊んじゃだめよ」
「は〜い」
麗菜の言葉に三人が元気よく返事をした。


 



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