第11章
癒着
「あ!リーだ!」 麗菜の言葉に木古内と話していた慎悟が後ろを振り向く。 リーが疲れきった表情でフラフラしながら一人で帰ってきた。 「おかえり」 慎悟が言うとリーが面目なさそうに慎悟を見た。 「慎悟さん・・・、実は・・・」 「いいよ、言わなくて」 慎悟がリーの顔を見ないで言った。 リーは楽しい時は本当に楽しい顔をしているが、悲しい時は本当に悲しそうな顔をしている。今がまさにそうだ。誰が見ても悲しそうな顔をして犯人を逃がしてしまったと顔が言ってる。 「今回はたまたま居合わせただけなんだ。逃がしても仕方がないよ」 慎悟がそう言うと、二人のやり取りを見ていた木古内がケラケラ笑いだした。 木古内はビートを逃がしたことを慎悟から一度聞いて笑った。そして今度は犯人を逃したので笑っているのだ。 慎悟の後ろで麗菜とリーが拳を握り、恐ろしいほど殺気を放った。慎悟は鳥肌が立つのを感じた。 だが、慎悟ほど感覚が敏感で無い木古内は見下した目でリーを見ている。 「慎悟さん、殺していいですか?」 リーが本気で言ったので慎悟は麗菜とリーを木古内が見ないように店の中に連れて行った。 「バカなこと言うなよ、リー」 慎悟がリーの頭をたたきなら言った。 「でも、慎悟!」 麗菜が反論しようとする。 「いいか。俺たちは今立場が悪いんだ」 慎悟が落ち着いて説明する。 「ここにいた客は全員事情聴取をされる。そこで職業を聞かれた場合、麗菜の友達ってのはどう答えればいい?」 麗菜が考え込む。 「麗菜が勝手に、俺がどうにかするなんて言っちまったけど、俺にそんな力は無いからな」 「そんな・・・」 麗菜が絶望的な声を出した。 「この状況で麗菜の友達を助けるにはこの現場の取締役の木古内の力が必要なんだよ。だから今あいつに殴りかかったりしたらそれで麗菜の友達は助けられなくなる」 麗菜とリーが頷く。 「じゃあどうするんですか?」 リーがもっともな質問をした。 「さあ・・・」 慎悟がため息をつく。考えてはいるのだがいい考えが思い浮かばないのだ。 「そんな、電球の発明がうまくいかないベルみたいな顔しないでよ」 麗菜が意味不明な言葉を言った。 「すいません。よく意味がわからないんですが」 リーが申し訳なさそうに言う。 「だから、なかなか電球が作れなくて悩んでるベルみたいな顔をしないでって言うことよ」 「電球を発明したのはエジソンだ」 慎悟はそう言いながら4人がけのテーブルで不安そうにしているミナたちを見た。 「まったく。勝手に俺がどうにかするなんて約束しやがって」 慎悟がぼやく。 「でも少しでも多くの人を幸せにするのが仕事なんでしょ?」 麗菜がもっともなことを言う。慎悟は何も言い返せない。 「慎悟さん、こういうのはどうでしょうか?」 リーが思いついたように言った。 慎悟はため息をつく。 リーは頭はいい。大学は電気工学科を出た。だが、どこか抜けている部分がある。つまり、言い方が悪いが一部分だけバカなのだ。 だから、何か思いついたという時は変な回答が出てくることがあるのだ。 「慎悟さん。麗菜の友達全員に木古内に愛嬌を振舞ってもらえば木古内がダウンして出られるようになるってことは無いですか?」 慎悟は頭の中で整理して考える。 慎悟が麗菜を見てみると麗菜が大きくため息をついている。 絶対成功しないとは言い切れない。なぜならミナたちは全員とてもきれいだからだ。それ以前に木古内がバカだからかもしれない。 だが慎悟の立場からはこう言わなければならない。 「リー。おまえは本気で言ってるのか?」 慎悟がリーの肩に手を置いて言った。 「でも、成功しないとは限らないと思います」 リーは自信ありげだ。慎悟もつい頷いてしまう。 慎悟はもう一度大きくため息をついて木古内のところへ歩いて行った。 「木古内」 慎悟が木古内に声をかける。木古内は所轄と話をしている。 「木古内、ちょっといいか?」 慎悟がもう一度言う。その声は何が何でも話を聞いてもらうという気持ちが満ちている。 木古内がうるさそうに慎悟の方を向いた。 「何の用だ?」 慎悟は落ち着いて木古内を見る。よく見ると木古内の頬によだれの跡がついている。ここに来る前まで寝ていたのかもしれない。 「なんだ!」 木古内が怒鳴る。 「いや・・・。ちょっと俺の友達を抜け出させてくれないか、って頼もうと思って」 慎悟が木古内の頬を見ながら言った。 「友達ってのはあの中国人と麗菜さんか?」 性格の悪い木古内だが麗菜のことはさん付けをする。 「麗菜さんなら喜んで抜け出させよう。でも、一人だけ抜け出させると後で上から何か言われるからあの中国人もいいことにしよう」 木古内は、麗菜のことと自分の出世だけ考えるやなやつなのだ。 「リーはいいよ。リーはここで木古内の手伝いをさせるから。俺が抜け出させて欲しいのは麗菜の友達なんだ」 慎悟がそういうと木古内の目が光った。 「麗菜さんのためならどんな仕事でもおおせつかりましょう」 木古内が普段慎悟に見せないような態度をとる。麗菜の話になると木古内は性格が変わるのだ。それだけ木古内は麗菜が好きなのだ。 慎悟は麗菜とリーが木古内に殺意を抱いた気持ちが少し解った。 「おまえには警察官としての尊厳はないのか?」 「尊厳というのはこういう場合使わないよ」 木古内が適当なことを言うが、こんな間違いはリーでさえしない。 「すまないな、いつも迷惑かけて」 慎悟が申し訳なさそうな声を出すが本心ではそんなことは全く考えていない。 「だが、その友達の事情聴取は後日かならず取るぞ」 木古内が言う。一応、仕事はする気なのだ。 「ああ。大丈夫だ。後日なら好きなだけ取ってくれ」 慎悟が大きく息を吐いて言う。後日ならウソをついてもばれる心配が少ないからだ。 「ところでで慎悟。ここにビートが来たときお前は何をしていた?」 木古内が急に顔を真面目にして言った。 「すまない。逃がしてしまった」 慎悟は深いことを聞かれないように面目なさそうにそれだけ言った。 「俺の親父は警視庁長官だ」 木古内が真面目な顔をして言う。 「親父が言ったんだが、政府の人間が内密で片水慎悟にビートを捕まえるよう依頼をしたそうだが」 木古内に言われて慎悟はうなずいた。特に隠す必要は無いからだ。 「それがどうかした?」 「ビートの情報を持っているんだ」 慎悟の質問に木古内が間髪入れずに言った。 「情報交換をしないか?お前がくれるのは指定させてもらってだ」 木古内の言葉に慎悟は、これは癒着になるのだろうか、と考えた。 「おまえは本当に警察官としての尊厳が無いんだな」 慎悟があきれた目をして言う。 「いいから、するのかしないのかはっきりしろ」 慎悟は考える。両刃が戻って来た時に、またビートを逃がした知ったら怒られるのは目に見えてる。それなら少しでも多く情報を持っているべきだろう。 「いいよ。おまえは何がほしいんだ?」 慎悟の言葉に木古内が周りを見回してから、 「月島麗菜さんだ」 と言った。 『頭が痛いなぁ・・・』 慎悟のその思いは誰にも届かなかった。 |
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