第10章
遭遇
服屋 「いいんじゃない。かっこいいわよ」 麗菜が、試着室から出たリーの服を見ていった。 「本当ですか?」 リーは自分の服を見てうれしそうだ。 リーの格好はだぶだぶの黒いジーパンに青いタンクトップと白いワイシャツを合わせてきている。これは麗菜のセレクトだ。あまりファッションについて詳しくないリーに麗菜がいろいろ教えてあげたのだ。 「まだ今日はあったかいからその格好がいいわね」 普段はワイシャツばかり着て、髪の毛もしっかり分けているリーが、前髪を前に垂らしている、とまったく別人で、高校生の不良くらいに見える。 「慎悟さん、どうですか?」 慎悟が『NEVER ENOUGH』と書かれたシャツを試着してリーの前に来た。 「いいじゃないか。今夜行くダンスバーはけっこう危なそうだからな」 慎悟がそう言って麗菜に、そうだろ、と目で聞いた。 「そうね。あんまりいいダンスバーとはいえないわね」 そういって麗菜はそばにあったスカーフを首に巻いた。 「雰囲気はナイトクラブみたいで毎晩歌を聴けて、踊れるいい店よ」 麗菜はそこまで鏡を見ながら、笑顔で話していたが、急に表情を変えた。思い出したくない物を思い出そうとして、苦しんだ表情をして。 「実はあそこ秘密のトバク場があるの。十八歳以下でも普通に入れるし不良の溜まり場でもあったわね。昔はカジノの帰りに遊んでいくっていう人の相手をしたこともあるわ」 そう言って麗菜はスカーフを置いた。その目はとても悲しそうだった。 慎悟はそれを聞くとまた試着室に戻った。リーも試着室に戻って着替える。 「あのころの思い出がおまえにとってつらいだけなら今夜は来るな」 慎悟が試着室から出て言った。リーは試着室でその言葉を聞いている。 「ううん。あのころの思い出は確かにつらい・・・。でもあの頃の友達は今も友達(フレンズ)だもの」 そういって麗菜は笑った。 リーが試着室から出ると慎悟がリーから服を受け取った。 「さあ、行こう」 そう言って慎悟は麗菜が置いたスカーフを取った。 「これも買っちまおうぜ。どうせ捜査経費でひかれるから」 そう言って慎悟は笑った。 慎悟たちは服屋を出ると両刃の家に向かうことにした。 両刃の家は鉄筋コンクリートの一戸建てだ。玄関には慎悟の部屋と同じ番号錠がある。 「慎悟の部屋と両刃の家の番号錠って同じ数字じゃないわよね?」 麗菜の言葉に慎悟が首を振る。 「あいつはセキュリティには気を使うやつだからね」 慎悟はそう言って番号をすばやく打ち込んだ。あまりの速さに麗菜とリーは番号を覚えることができなかった。 「覚える必要は無いよ」 慎悟が玄関に入りながら言った。 「ここは両刃の家で両刃の家じゃないから。両刃はほとんどここにはいないんだ」 リーが首をひねる。 「どういう意味ですか」 リーの質問に対し慎悟はウインクで返事をするという、わけのわからない行為をした。 両刃の家は広く、4LDKでトレーニングルームもある。 「バカだよな、あいつも。一人暮らしでこんなに広いんだから」 といって慎悟は勝手に台所に行って冷蔵庫の中に入っていた缶コーヒーを飲み始めた。 「両刃って彼女いるの?」 麗菜の言葉に慎悟がコーヒーを吐き出しそうになる。 「ねえ。あんたは私の一言にどれだけ驚くの?」 麗菜が頬を膨らませて言った。 「別に・・・・。核心を突いているというか、見当はずれと言うか・・・」 「それってまったく別の意味じゃないですか?」 慎悟がしどろもどろに言った言葉にリーが言った。 「そういや、両刃がいねえな」 慎悟が家の中を見回して言った。 慎悟が両刃を探しにリビングに行ってみるとテ―ブルの上に置手紙があった。 「しばらく留守にする。わるいが三泊四日にさせてもらう」 「明日まで帰ってこないんだとさ」 慎悟が空き缶を握りつぶして言った。 「しかし困ったな・・・」 慎悟が空き缶を捨てた。 「どうしたの?」 麗菜が慎悟に聞く。 「今回は回文じゃない」 慎悟がため息をついて言った。 麗菜とリーには慎悟がいったい何を求めているかまったくわからなかった。 PM 7:10 「ここですね」 リーが看板を見て言った。 『クラブ EVERYTHING』 入り口にはガードマンが二人。どちらも背が高く筋肉質で強そうだ。入る客はみんなチェックを受けている。服装がしっかりした人は入ることができない。慎悟たちの目の前で中学生らしき子供がチェックを当たり前のように通りながら入って行った。 「いいか。ここからは別行動だ」 慎悟が唇をあまり動かさずに言った。 「できるだけ離れるんだ。リーは入り口付近にいろ。麗菜はもし昔の友達がいればそのそばにいろ。俺は誰か女さそって一緒に踊ってる」 途中まで麗菜とリーは頷いていたが女を誘って、のあたりで首をひねった。 「それから無線機は絶対になくすな」 慎悟の言葉に、麗菜は耳につけて髪の中に隠したアメリカのSPが付けているような小型の受信機を触った。慎悟とリーはサングラスに受信機が付けられている。発信機はそれぞれの服の襟に付けられている。 「じゃあ、俺が最初に入るからあとから麗菜、リーの順で入ってきてくれ。両刃がいないからって気を抜かないように」 そう言って慎悟はダンスバーの中に入っていった。 「今日はあなたに私の世話を任せなかったのね」 麗菜の言葉にリーが頷いた。 「沖縄の事件で僕の力量を知ってしまいましたからね」 リーがそう言ってうつむいた。 「ま、元気出して!今日は楽しみなさいよ!どうせビートなんか出てこないから」 そう言って麗菜は笑った。 慎悟は入って早々、女子高生くらいのミニスカートをはいた女を誘って踊り始めた。 麗菜が入ってすぐに昔よく座っていたカウンター席に座った。 リーは入ってすぐに入り口で腕を組んで壁に寄りかかる。これは両刃がよくやる格好のマネだ。 慎悟が女と腰を着けたところで、流れていた音楽が終わった。 そしてステージに一人の男が上った。 「今夜はお集まりいただきありがとうございます。それでは今夜最初のショー。エミネムの『JUST LOSE IT』を歌います」 そう言って男が引っ込むと、別の男が歌い始めた。 慎悟と女も腰を振っている。潜入捜査なので正体がばれないように慎悟は変装しているのだが、この姿からでは変装する必要が無いくらい慎悟には見えない。 麗菜もカクテルを飲みながらショーを見ている。 リーは、ヒップホップはよくわからないがとりあえずリズムに合わせて足を動かしている。ただし、10秒に一回テンポがずれる。本人もそれに気づいていない。 麗菜がカクテルのおかわりを頼もうとした時、麗菜の後ろから声がした。 「麗菜!?」 麗菜が声のした方を見ると赤いドレスを着た女が立っていた。それは麗菜の昔の友達だった。 「ミナ!」 麗菜がカクテルグラスを持ちながらミナの前に行った。 「ねえ、二人とも!麗菜よ!」 ミナが後ろに向かって声をかけた。後ろにもドレスを着た女性が二人いる。 「ウソ!ホントに!?」 「え〜!久しぶり!」 後ろの二人が麗菜に近寄って一度に話してくる。 「ごめんね。何の連絡もしないで」 そう言って麗菜は三人に頭を下げた。 「ちょっと、やめなよ」 「そうよ。わけがあるんでしょ」 そう言われて麗菜は頭を上げた。 「ねえ。あそこ座って話しましょ」 そう言ってミナが四人がけのテーブルに向かって行った。 慎悟はダンスをしながら回りを見回す。一人の太った男がきれいな女を連れてガードマンがいるドアの中に入っていった。それと入れ替わりに一人のやせた男が財布の中を覗き込みながら出てきた。多分そのドアの向こうに麗菜が言っていたトバク場があるのだろう。 やせた男はトバクで負けて財布の中を覗いているのだ。 そして慎悟は考えた。ビートが一週間前にこのバーを訪れた時はここで事件を解決したりはしなかった。事件は何も起こっていなかったのだ。ビートは今までどおり突然現れたが、なにもしなかったのだ。それはつまりここに何か別の目的があったのだろう。 ビートが現れた時、ビートは当然現れるとあのドアに向かって走ったそうだ。だがそこでガードマンに止められすぐに出て行った。だがそこでビートのマニアが現れ、彼がビートだと始めて知らされた。しかし、すでにビートは遠くに行ってしまったあとだった。 慎悟は考えながら腰を振る。慎悟に誘われた女も慎悟に近づきながら腰を振る。 慎悟はトバク場に入る必要があると考えた。 正直、リーにとってはここにいるのは苦痛だった。 音楽がガンガン鳴って、人が狂ったように踊っていると言う光景は日本に来て4年半経つリーにとって、初めての体験で怖かったのだ。 リーは目のやり場が無いのでダンスフロアの中心で女に寄り添うように踊っている慎悟を見た。 「慎悟さんもやっぱりこういうところに来る人なのかな・・・」 リーがつぶやいた。慎悟を尊敬していたリーにとっては少し心に痛い光景だったのだ。 リーは、今度は麗菜を見た。 麗菜は四人がけの席でカクテルを飲みながら三人の女性と話している。三人はそれぞれ、赤、黒、白のドレスを着ている。三人とも麗菜と同じくらいきれいだ。 そのテーブルのそばを通る人は男女関係なく必ず振り返っている。それだけ麗菜たち四人はきれいなのだ。 「あれが昔の仕事仲間なのかな・・・」 リーが寂しそうに言った。 慎悟は女を誘って踊っているし、麗菜は友達と一緒に酒を飲んでいる。だがリーは一人で腕を組んで立っている。 「両刃さんがいれば寂しくないのにな・・・」 リーはそうぼやいたが仕事は仕事と割り切った。 「ごめんね。何の連絡もしないで消えちゃって」 麗菜が謝った。 「いいのよ。こうしてまた会えたんだから」 黒いドレスを着た女が麗菜の頭をこづいた。 「ありがとう。美実」 麗菜はそう言って美実に向かって微笑んだ。 「でも一ヶ月もどこに行ってたの?」 白いドレスを着た女が聞いた。彼女の名前は美樹だ。 「私ね、今片水慎悟探偵事務所で働いてるの」 「え!ホントに!?」 三人が同時に聞く。 「そう。それで今は泊り込みで働いてるの」 「よかったじゃない!」 ミナは自分のことのようにうれしそうだ。 「じゃあ、もう娼婦やってないんだ」 「ええ」 美実が少し寂しそうに言うと麗菜も寂しそうに相槌を打った。 「でもいいじゃない!麗菜は麗菜なりにすっごく素敵な人生送ってるんだもの」 そう言ってミナはワインを美実と美樹のグラスに注いだ。こういう風に言えるのはミナの落胆的な性格のおかげだろう。 「でもよかった」 美樹がワインを一口飲んでいった。 「最近物騒だから。連れ去られたとか、山奥に監禁されてるとか考えたんだけどね」 美樹が言うと美実が笑った。 「美樹が警察に通報しようとしたんだけど私が止めたのよ。麗菜なら何が何でも逃げ出すことができるって説得してね」 美実は麗菜の性格をよく知っている。慎悟の部屋に入ろうとして出られなくなった時も、自分で暗号を解いて番号キーを突き止めた。それに麗菜は、まだ弱いが針砕流を着実に身に着けてきている。これはその辺の女なら誰でもできると言うことではない。 「ま、実際麗菜は無事で、しっかりと自分の人生を歩き始めたのよね」 ミナが自分のグラスにワインを注いで言った。 4人が笑う。 4人はとてもバランスが取れている。 「でもさ。今日はこの店を出ていくのは気をつけたほうがいいよ」 美実が急に真面目な顔をして言った。 「なんで?」 麗菜が首をひねる。 「今夜、ここでやばい取引があるの」 美樹が声をひそめて言った。 「やばい取引って?」 「銃と女。売春よ。昔私たち全員を束ねてた女がいたでしょ」 麗菜が頷く。 その女は大勢の娼婦を束ねるボスだった。一時期麗菜達はその女の下で働いていたがすぐにやめたのだ。理由は人使いが荒く、金以外を愛さず、4人が特に嫌うヘビースモーカーだからだ。 「あの女と犯罪グループが取引するの。私たち、その取引のあと、犯罪グループの相手するように頼まれてるの」 麗菜はその言葉を聞いて慎悟に相談するべきか迷った。 「この間ここにビートが来たのは知ってる?」 ミナの言葉に麗菜が頷く。 「この取引はビートに失敗させられたの。今日はそのやり直しなのよ」 麗菜が息をのむ。もしかしたら今日ビートが来るかもしれないのだ。 「それ何時から?」 麗菜が聞くとミナが周りを見回して誰も聞いていないのを確認すると麗菜に顔を近づけて言った。 「今夜8時」 麗菜は時計を見た。あと五分。 麗菜がダンスフロアを見る。慎悟が女と、体がくっつくくらいそばで踊っている。 「こんな時に・・・」 麗菜はそう呟いてリーを見た。リーは入り口で抱き合っているアベックの隣で居心地悪そうにしている。 麗菜は三人を見て言った。 「ねえ。そのことを慎悟に言っても私たち友達でいられる?」 麗菜の言葉に三人が首をひねる。 「慎悟がビートの捜査で今ここにいるの。ビートを捕まえるために慎悟にその取引の事言っていい?」 麗菜の言葉に三人の表情が固まった。 慎悟に取引のことを言えば警察が来て取引が失敗する。彼女たちにとってはその取引を失敗させれば今日の仕事の金は無くなる。 そして警察が来れば彼女たちもつかまる。それは生活が苦しくなることにつながり、牢屋に入るということになる。だが、親愛なる友の頼みと、どちらを選ぶかと聞かれたら彼女たちは迷うのだ。 「取引を失敗させれば警察来るでしょ。そんなことしたら私たちだって警察に連れて行かれるわ」 ミナの言葉に麗菜が唇をかんだ。麗菜にとってそれは避けたいことだった。 「私が何とかするから・・・」 麗菜が小さい声で言った。 「私がうまく外に出すし、この後の就職先も私が探すから。だからお願い」 麗菜自身、なぜこんなにお願いしているかわからなかった。昔の麗菜はすぐそばで取引をやっていてもただじっと見ていて、そのあと取引の男の相手をするとかそんなことしか考えていなかった。 だが、今はちがった。必死になって取引を止めようとしている。 それは慎悟と一緒に暮らして、麗菜の価値観が変わったからだ。 麗菜にとっての価値観・・・。それは、 「少しでも多くの人を幸せにするために・・・」 麗菜が小さい声で言った。 「なに?」 ミナが聞き返す。 「少しでも多くの人を幸せにするために。取引をする人たち、今までその男たちに関わってきた人たち、そしてこれから関わっていく人。その人たちを幸せにするためにはその取引をやめさせなきゃ。 麗菜の言葉が三人の心を打った。 ただし、この言葉は以前に慎悟が麗菜に向かって言った言葉だ。 「わかった」 美樹が頷いた。 「美樹・・・」 美実が美樹をじっと見てから麗菜に向かって頷いた。 「いいわよ、私も」 ミナがにっこりして言った。 「でも片水慎悟に約束して。必ず取引をやめさせて」 そういうと麗菜がにっこり笑った。 そして、袖に付けられている発信機に向かってしゃべり始めた。 リーは入り口のそばで抱き合ってるアベックをなるべく視界に入れないようにした。 今日の勤務はただここで情報収集なのだが慎悟はまったくその気が無いらしい。ビートを捕まえるのは学校の潜入で十分だから政府からの指令はほとんど形としてしか勤務しないのだ。 リーは一度そのことで両刃に抗議をしたら、 「今の日本の警察だって同じようなことをやってるよ」 と言ってまともに相手にしなかった。 リーはこの言葉を警察が聞いたら両刃は暗殺されるんじゃないかと考えた。 リーは麗菜を見るとまだ四人がけのテーブルで話をしている。 リーは最近、読唇術を練習し始めたのだが上手くなる気配がまったく無い。今も何を話しているか読もうとしたがさっぱりだ。 だがその必要は無かった。 『慎悟、リー。ビートが今夜来るかもしれない』 麗菜の声がいきなり耳元でしたのでリーはびっくりして飛び上がった。リーはすっかり受信機のことを忘れていたのだ。 慎悟は麗菜の発信を聞きながら器用にリズムに合わせて踊っている。 「取引は8時だって?」 慎悟がそう発信機に向かって言ってから腕時計を見た。 7:58 その時、入り口から二人の男が入ってきた。どちらも全身黒ずくめの格好。一人は金髪で、もう一人は左頬に傷がある。その男はケースを持ってトバク場へ続くドアへ入って行った。 「麗菜。その犯罪グループって何人来る?」 受信機の向こうで少し話し声がして麗菜が答えた。 『二人。一人は顔に傷があるって』 慎悟はその言葉を聞くとリーを見た。リーは目をカジノへのドアに向けている。 「リー!行くぞ!」 慎悟が大声で叫んだ。隣で踊っていた女が驚いて慎悟を見る。 リーは大勢の人の中でスルスルと抜けてドアに走った。慎悟も走る。 入ろうとした時に慎悟はガードマンに腕をつかまれたが、慎悟は軽く振り払うと、男に蹴りを入れて中に入って行った。 部屋の中はかなり広く、たくさんのカジノ台とビリヤード台がある。 部屋に入ると部屋の中の人間全員が慎悟たちを見た。部屋の中心では傷の男がケースを太った女に渡そうとしている。 「リー。あの女が娼婦を束ねるボスだ」 慎悟が小声でリーにささやく。 「おい!ここは会員制だ。とっとと出ていけ」 ドアのそばに座っていた男が慎悟たちに言った。 「うるせえな」 そう言うと慎悟はサングラスをとって化粧を落とした。 「こんばんは。探偵の片水慎悟です」 慎悟がニヤリと笑って言った。 部屋にいた人間全員がハッと息をのむ。 が、次の瞬間、全員が慎悟たちに向かって襲ってきた。なかにはビリヤードのキューを握っている者もいる。 「気絶までだ。大怪我はさせるな」 慎悟はリーにそう言うと動いた。 慎悟は風のように動き周りの敵に向かって次々と拳をくらわせる。リーもクンフーの技を繰り出す。 慎悟とリーが一歩前に進むたびにビリヤードのキューが宙を舞い、一人ずつ壁に叩きつけられる。 慎悟とリーが同時に飛び上がって、一人の男の顔に左右から蹴りを食らわせた。男の顔が少し小さくなったように見える。 その男が倒れると、部屋に立っているのは5人だけになった。 慎悟、リー、太った女、傷の男と金髪の男。 慎悟とリーは部屋にいた20人ほどの敵を約1分で片付けてしまった。そのなかには裏社会のボディーガードなどもいたが慎悟とリーにとってはなんでもなかった。 「まったく、イヤだねこんな時に」 太った女がタバコを吸いながら言った。 「あたし達は仕事をしてるんだ。子供が余計なことしないでおくれ」 そういって女は大量の煙を慎悟に向かって吐き出した。 次の瞬間、リーは慌てて慎悟の腕をつかんだ。慎悟が普通の人間には見えないくらいのスピードで女に飛び掛ろうとしたからだ。 慎悟は本気で女を殺そうとした。 慎悟はタバコの煙が嫌いだ。慎悟がそう言ったので、ヘビースモーカーだった両刃がきっぱりタバコと縁を切ったほどだ。 リーはドタバタと暴れている慎悟を押さえ込みながら、 『今の慎悟さんは感情の制覇をしてるのかな・・・』 と、思った。 「まあ、いいわ」 そう言って女はタバコを慎悟に向かって投げる。リーが慎悟に投げ飛ばされそうになる。 「さっさとやっちゃって」 女が傷の男たちに言った。 傷の男が右手を上げた。その手には機関銃(マシンガン)が握られている。 「危ない!」 慎悟がリーを投げ飛ばした。リーがカジノの台の下に転がる。 男がマシンガンを撃ってきた。 慎悟が慌てて走り出す。慎悟の後ろをいくつもの弾丸が通り抜ける。 「あぶね!」 慎悟が走る。 弾丸が、置いてあった花瓶に当たった時、慎悟は椅子につまずいてこけた。慌ててカジノの台の下に逃げ込む。 機関銃の音が止まった。 敷き詰められているじゅうたんの上を歩く足音がかすかに聞こえる。 「日本はいつからこんな銃社会になったっけか?」 慎悟がつぶやく。こんな状況でも慎悟はかなり落ち着いている。 しかし、慎悟の思考はそこでストップした。トバク場のドアが勢いよく開いた音がした。 慎悟はカジノの台からドアのほうをのぞく。 そこにはビートが立っていた。 金髪の男がビートに銃を向けたがビートは持っていた木刀を投げつけて男の銃を落とした。 傷の男がビートに向かって銃を向けるがビートはすばやくカジノの台の間を通り抜け傷の男を殴りつける。 「リー、いまだ!」 慎悟がカジノの台を飛び越え女の前に立った。 女が逃げようとするが慎悟は女の首に手刀を食らわせた。女が泡を吹いて倒れる。 ビートを見ていた金髪の男が後ろからリーに羽交い絞めにされる。 慎悟がカジノの台を踏み台にして金髪の男に飛び蹴りをした。男が倒れる。 慎悟が後ろを向くとビートと傷の男が闘っている。 傷の男はビートの飛び蹴りをスルリとよけるとすばやく裏拳で攻撃する。 リーが加勢しようとしたが慎悟に止められた。 「少し見ていろ。またビートを逃がしたときの参考になるかもしれない」 慎悟がビートと傷の男をじっと見ている。 リーもビートの動きを見ていて気づいた。 「慎悟さん!ビートは針砕流をつかってます!」 慎悟が頷く。 「それより、傷の男のカンフーがなんだかわかるか?」 慎悟が小さい声で言った。 リーが傷の男の腕、腰、脚の動きをじっと見る。 「ジークンドーですね」 リーが言った。 ジークンドーとはブルース・リーが作り出したカンフーの一つだ。応用物理学の法則を考えて作られた新たなカンフーだ。 リーの言葉に慎悟が頷く。 だが、慎悟の頭の中に別の考えがあった。何か慎悟の記憶の扉を開けようとするものがある。以前ビートと会った時もあったが、それとはまた違うものだ。 ビートが傷の男のすばやい蹴りがビートの顔を襲う。 ビートの頬が切れてビートが倒れる。 傷の男が慎悟見るとニヤリと微笑んだ。 慎悟も男を見る。 慎悟と男がじっとにらみ合う。 数秒間にらみ合ってから男がケースを持って出口へ走った。 「リー、追いかけろ!」 慎悟が叫ぶと同時にリーが走り出した。リーと男が部屋を出て行く。 慎悟はじっとビートを見ている。 ビートは蹴られたショックで気絶していた。 慎悟がビートの頬を叩く。 ビートが目を開けると慎悟に向かってすばやく蹴りを繰り出す。 慎悟はフワリと飛び上がって二メートルほど間を置いてビリヤード台の上に下り立った。 ビートが慎悟が上っているビリヤード台へ跳んでくる。一つのビリヤード台の上ですばやい戦闘が繰り広げられる。 慎悟の拳とビートの蹴りが繰り出されるたびに風を切るヒュッ、ヒュッ、という音がする。 慎悟の蹴りがビートを仕留めようとするがビートはバク宙をして隣のビリヤード台へ飛び移る。それをとび蹴りで追う慎悟。 慎悟がカジノ台へ飛び移った時には、ビートはすでに別ののビリヤード台に立っている。 「この前の続きだな」 慎悟が針砕流の構えをビートに向ける。 リーが男を追いかけてトバク場から出て来る。 「リー!」 座っていた麗菜がリーに声をかけるが、リーは見向きもしないで男を追いかけて店を出て行った。 「大丈夫なの?」 ミナが心配そうに麗菜に聞く。 「大丈夫って、なにが?」 麗菜がトバク場へ続くドアを見ながら言った。銃声がしてから、誰もトバク場に入ろうとしない。 「片水慎悟よ。部屋の中で銃声があって出てこないじゃない」 美樹が心配そうに言うが麗菜はそんな心配はまったくしていない。沖ノ鳥島の事件などの事件で慎悟の本当の強さを知っているからだ。 「私たちに何かできること無い?」 美実が肩を震わせて聞いた。勇敢な言葉を言っているが本人はとても怖いのだ。 「そうね・・・。警察をよぶことくらいかな」 そう言うと、ミナが黙って携帯を出して警察に電話をし始めた。 「私たち約束したわよね?」 ミナが電話を切って言った。 「警察が来ても私たちの身柄は安全なのよね?」 美樹の言葉に麗菜はゆっくり頷いた。 「大丈夫。確かに片水慎悟は、休日は昼まで寝ていて、たまにテレビを見ながら新聞に赤ペンで何か書いてるリストラされたおじさんみたいだけど、信用はできるから」 麗菜が自信ありげにそう言ったが美実がものすごく気分が悪くなったような顔をした。 ビートが扉のほうを見てから慎悟を見る。 「俺はあの傷の男を追わなければならない」 「あいつはリーが捕まえる」 慎悟はそう言ってカジノ台から飛び上がる。 ビートも慎悟に向かって飛び上がる。 空中で慎悟の拳とビートの蹴りがぶつかる。 ガッ 鈍い音がして二人が離れる。 ビートは彼が投げた木刀のそばに着地した。慎悟はビリヤード台の上に着地する。 ビートは木刀を拾うと突きの構えをした。 「だから突きは中学生で禁止されてんじゃないのか・・・」 慎悟はそう呟いて、ビリヤード台の上に転がっているキューを2本拾った。 ビートが飛び上がって、慎悟が登っているビリヤード台の隣のビリヤード台に上った。 慎悟はゆっくりと息を吐いた。そして長い間使っていなかった針砕流の槍術を思い出す。 針砕流の槍術、剣術はとても危険で、慎悟が使うと必ずといっていいほど相手を傷つけてしまう。誰かを傷つけるというのは慎悟の流儀に反するので、慎悟はあまり槍術と剣術を使わないようにしているのだ。 だが、今は相手が木刀を持っている。慎悟は場合が場合なので仕方なく槍術を使うのだ。 慎悟がゆっくりとビートに向かってキューを向ける。 ビートは片手で木刀を握り、じっと慎悟を見ている。左手は針砕流の構えだ。 一瞬の静寂を経て二人が動く。 慎悟のキューとビートの木刀が激しくぶつかり合う。攻める慎悟、受けるビート。そして、攻めるビート、受ける慎悟。超一流の殺陣師でも舌を巻くような戦いを二人は繰り広げる。 「ハァッ!」 ビートが掛け声とともに慎悟に向かって飛びかかってくる。慎悟は自分に向かってくる木刀をじっと見て、右手に握ったキューをしっかりと握る。 ビートの木刀が慎悟の間合いに入ったとき慎悟が動いた。 慎悟がビートに一歩近づいたとき、カチッと小さな音がして、二人がお互いの頬にキューと木刀を当てて二人は止まった。二人の頬に赤い線が引かれる。 血だ。 二人はビリヤードで使うキューと、物を切れるはずが無い木刀で人の肌を切るという、絶対的にありえないことを成し遂げた。これが針砕流の真髄だ。 二人はお互いに頬の傷を見るとニヤリと笑った。 「片水慎悟がここまでできるとは思わなかったな。ただマスコミにちやほやされてる子供だと思っていた」 「お互い様だろう」 ビートの挑発に落ち着いて答える慎悟。 「もう一度聞こう。おまえはなんでこんなことをする?」 慎悟が聞いた。口以外は微動だにしていない。 「俺にはやらなきゃならないことがあるんだ」 ビートはそう言った。 「じゃあもう一つ聞こう」 慎悟がビートのサングラスの向こうを見透かそうとして言った。 「おまえは風上創次なのか?」 慎悟の言葉にビートの木刀が一瞬ゆれた。 「そうなんだな?」 慎悟がそう聞くとビートは木刀を振りかぶった。 木刀が振り下ろされる。慎悟もしゃがんで下からキューを振り上げる。 バキリ キューと木刀がぶつかり合い両方とも真っ二つに折れた。 だが二人の闘いは終わらず、そのまま肉弾戦になる。 二人の拳が相手の頬にぶつかり二人とも後ろに吹き飛んだ。カジノ台に慎悟は背中を打ちつけ、ビートは柱に頭をぶつけた。 「ちくしょう!」 ビートが頭をおさえて立ち上がる。だが、 「大丈夫か!」 そう声がして、トバク場のドアを一人の男が開けた。逆光で顔はわからない。 ビートは一度慎悟を見るとカジノ台の間を縫うように走り、反対側の出口から出て行った。 慎悟も追いかけるがそこは裏口だったため、ビートは夜の闇の中に消えた後だった。 「あ〜あ・・・」 慎悟が大きくため息をつく。理由はビートを逃がしたからではない。また両刃に怒られるからだ。 「慎悟!おまえはここでなにをしてる!?」 慎悟は後ろから呼ばれて後ろを振り向く。 部屋に入って来たのは警視庁捜査一課の木古内城だった。 「なにしてんだよ・・・・」 慎悟がかなり迷惑そうな声を出した。木古内を見た瞬間に慎悟の疲れがどっと増えた気がした。 |
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