暗い部屋の中。 一人の男がパソコンを起動させて、インターネットで『片水慎悟』と検索する。出てきた件数は23163200件。 男はその中からまともそうなページを開く。 男が開いたページには片水慎悟の略歴が載せられていた。 片水慎悟 1991年生まれ。 6歳の時にに、ある未解決事件を新聞で知り、そのまま警察に行き、その事件の謎を解き、解決した。 マスコミは彼を新聞、雑誌、テレビなどで紹介し、一週間で話題の的に。そしてそれから一ヶ月で10件の未解決事件を解決。政府は少年の才能を伸ばそうと、日本では特例の飛び級制度を与え、少年は9歳で東京大学法学部を卒業。 そして彼は、陸上、拳法、クレー射撃で大人選手を余裕で負かした。 少年は、天才、超人の名を手に入れ、少年の探偵事務所を設立。 事件の内容は、ペット探しからIT企業の社長のボディガードまで、依頼されたものはすべて引き受けている。失敗は今まででゼロ。 そして2005年になり、彼は一年に約100件近くの未解決事件を解決している。 男はパソコンを閉じると暗い部屋から出て行った。 片水慎悟探偵事務所は新宿区にある。 慎悟が東京大学を卒業すると同時に政府が慎悟にこれからも励むようにと金が贈られ、その金で事務所が建てられた。当時から慎悟には助手がいた。石神(いしがみ)両刃(もろは)だ。 彼は慎悟と同じくとてもかっこいい。俳優の堤真一に似ている。慎悟に言わせると、堤真一の皮肉キャラを2乗してそっくりいただいた感じ、というわけのわからない言い方をする。 彼は元警察だったが不祥事を起こし懲戒免職になり、慎悟の手伝いをさせてもらっているのだ。彼は事務所を建てる時、都庁のすぐ近くに建てようといったのだが、そうそういい土地はなく、借りられるビルもなかったため、慎悟の希望で四谷になったのだ。 話は変わるが、なぜ慎悟は四谷がよかったのか理由を聞いてみると、 「料理番組で紹介していた中華料理屋があったから」 だそうだ。両刃はこのことをまったく知らず、土地を買い、事務所を建ててしまったのだ。 慎悟はこの事務所をとても気に入っている。 まず入ると、ガラス張りの壁、床には絨毯が敷きつめられ、受付はクリスタルの机で第一印象を気にしている。2階には慎悟専用の部屋と両刃の部屋があり、そこで依頼人の話を聞く。 ただし、慎悟の部屋はいろいろな物を放り込まれた物置くらい散らかっているで、最近依頼人が入ることはまったくと言っていいほどない。両刃は片付けろという。 ここまで、読んで気づいた読者もいると思うが、慎悟はたいてい両刃のことを呼び捨てで呼ぶ。理由は過去になにかあるそうだ。それについて慎悟に聞こうとすると、 「オレが死ぬときに教えてあげるよ」 と、答えるのだ。 それについては両刃も同じ事言う。 「オレが死ぬ直前にそばにいれば教えてやるよ」 と答える。 この二人の言葉を見ると二人は仲がいいと考える人もいるかもしれないが、全くの勘違いだ。 慎悟は両刃のことを好きなのだが、両刃は慎悟のことが大嫌いだ。 以前、慎悟の視力が下がってきていると両刃が言って、両刃が視力検査をしようとした。 中学校とか小学校でやる、丸に穴が開いている方向を言うものだ。 慎悟はそのとき本を読んでいて、本を取り上げられて視力検査をやると言われたのでとても不機嫌なまま視力検査を始めた。 そして、両刃に丸を指されても指で右、下と指で指すだけで、口では何も言わなかった。 だが、両刃が、上に穴が開いている丸を指したとき、不機嫌だった慎悟は、中指を立てて、上を指した。 そのあと、両刃と慎悟で壮絶な喧嘩が起こったが、その内容は語らないことにしよう。 とにかく、慎悟がそんなやつなので二人は仲がよくないのだ(しかし慎悟は両刃と仲良くなりたいというので、ずいぶんわがままな奴なのだ)。 「いいから、片付けろ」 両刃が慎悟の部屋で言った。 「だって片付けるのに丸々一週間はかかっちゃうよ」 「おまえが悪いんだろ。片付けろと毎日いっているのに片付けないで」 「片付けようと思ったところでいうからだよ。今度からもう少しタイミングをずらしていえ」 両刃はため息をついた。あーいえば、こーいう、の典型的なパターンを示したこの男(片水慎悟)と話すのは精神的にも肉体的にもつらいのだ。 「で、わざわざこの汚い部屋に入ってきたのにはそれなりに理由があるのだろ?」 慎悟が椅子にダラッと座りながら聞いた。 「一昨日、東京湾にあがった死体の母親が来ている」 「・・・なんで?」 慎悟が首をひねる。 「事件解決したのは一時間前だぞ。なんでもう来ているのだよ?」 「お前が呼んだからだ」 両刃はあきれながらいった。 「あっそ・・・」 慎悟はそう言って起き上がり、きちっと椅子に座った。 両刃はそれを見てから、部屋のドアを開けた。 歳は四十ほどのきれいな女性が入ってきた。 「どうぞ、お座りください」 そういって慎悟がソファを手で示したが、ソファの上には数冊の写真集が転がっていたので手を引っ込めた。 それを見て両刃がため息をつきながらソファの上の写真集をとると部屋の外へ出て行った。 「どうぞ・・・」 両刃に申し訳なく思いながら椅ソファをすすめ、自分はその反対側のソファに座った。 「息子のことなのですが・・・」 「犯人は捕まえました」 慎悟は即答した。 「本当ですか」 「ええ」 「会えますか?」 慎悟は少し迷って、 「いいえ」 と答えた。 「なぜですか?」 「残念ですが警察に引き渡しました」 「でも、あなたは昨日警察に引き渡す前に会わせるといいましたよね?」 『そう・・・。そういった』 彼女の依頼は、犯人を捕まえて会わせる、ということだった。 だが今日、予想以上に警察が早く動いたため、会わせる事ができなかったのだ。警察は、東京湾にしたいが上がってから彼女を見張っていたのだ。そして昨日、彼女が探偵事務所に来たことでオレに依頼したことを知り、今度はオレを尾行していたのだろう。一時間前に、ホテルに警察が来なかったら警察に引き渡すのは少し遅らせるつもりだったのだ。』 慎悟はそう彼女に伝えた。 「・・・」 無言の末、彼女がとった行動は慎悟の頬を思いっきりひっぱたくことだった。 慎悟は一瞬何が起こったのかわからなかった。 「私は息子を殺されたのよ!その犯人の顔を知れないなんて!おかしいとおもわないの!」 慎悟はじっと彼女の顔を見てから頬をさすりながらソファにしっかり座りなおして言った。 「落ち着いて聞いてください。今回の捜査は少し非合法な捜査をしてしまったのです。ですから、ここで警察に逆らうとまずいことになってしまうのです」 「それはそちらの都合でしょう・・・」 彼女は泣き始めた。 彼女の言う通りで、反論できるところは一つもないのだ。 「息子は・・・」 ぽつぽつとなにか言い出した。 「息子は小学生のときに父親を亡くしているのです。それから私一人で息子を育ててきたのですが、大学二年生のときいきなり姿をけして・・・」 慎悟は黙って聞いている。 「ある日突然帰ってきて、私にいろいろしてくれました。ご飯を作ってくれたり、肩をもんでくれたり、一緒に出かけたりもしてくれました」 女は懐かしそうに微笑む。 「でも、仕事は何をやっているかも、どこで暮らしているかも教えてくれませんでした。今思うと、そのときすでに殺される事をわかっていて、それで最後の親孝行をしてくれたのかなって思って・・・」 彼女の涙から大粒の涙が流れる。 「最後にあんなにいい思い出を作ってくれて、さよならも言わずに死んでしまって・・・、かたきをとりたいんです!」 腫らした目で慎悟を見る。その目は、この三日間で何度も何度も泣いたということを示していた。 「残念ですが・・・」 慎悟はそういって下を向いた。 目を合せることはできない。彼女の依頼に応えてあげる事ができなかったのだ。 「一つ聞いていいですか・・・?」 彼女が聞いた。 「なんでしょう?」 慎悟が彼女の目を正面から見て聞いた。 「息子は何をしたんです?」 慎悟が一番聞かれたくなかった言葉だ。 「息子はなぜ殺されたのですか?いったいいったいどんな間違ったことをして殺されたんですか?」 彼女の息子は麻薬密輸会社社長の新見の秘書的存在だった。ある日密輸した麻薬を少年少女に渡し、高い金で彼らの友達に売らせようとしたのだ。その事にさすがに腹をたてた彼女の息子はそのことを警察に密告しようとしたのだ。それが新見の耳に入り、殺されたのだ。 ただ・・・。このことをそのまま母親に話せば、最後に正しいことをしたとしても罪に問われることをしていたのだと思われる。だとすれば悲しむのは慎悟にもわかっているのだ。 慎悟は考えた。だんだん外が暗くなってきたため部屋の中も暗くなってきた。 慎悟は自分のデスクの後ろの壁を見た。真っ暗でなにも見えないが、そこに何があるかを慎悟は正確にわかっていた。そして、彼女にこう言った。 「あなたの息子さんはある組織の一員でした。アメリカのCIA的な組織だったのですが」 嘘をついた。 「その組織が『ある会社が麻薬密輸をして、輸入した麻薬を子供に売ろうとしている、』という情報を得て、その捜査にあたったのが息子さんでした。息子さんは深入りしすぎたため、その会社の人間に殺されたのです。」 「じゃあ・・・」 「そうです。あなたの息子さんは人の道に反することをしたわけではないのです。ただ、傲慢で、どうしようもない男に殺されてしまったのです」 「・・・」 彼女は小刻みに肩を震わせた。泣いているのだ。 「もうしわけありません」 慎悟は頭をさげた。 「あなたは何も悪いことはしていません・・・。」 慎悟は床に転がっていたティッシュ箱を拾い、埃を払うと彼女に渡した。 そして彼は立ち上がって、窓まで歩いていき、都庁に沈みかけている夕日を見ながら自分を恥じた。結局、新見を彼女に会わせることもできず、調べればわかる嘘をつくという最低のことをしてしまったのだ。 彼は日が完全に沈むまでじっと突っ立っていた。 片水慎悟探偵事務所の入り口のドアが開いた 「おかえりなさい」 受け付けに座っていたリーは今日の仕事の感想を書けと両刃に言われ、一生懸命書いていたのだ。だが、ホテルにいた娼婦と男が一緒に帰ってきて中断された。 「慎悟さんに会えるか?」 男が聞く。 「今、昨日の美人な依頼人さんとあっているからちょっと無理です」 受付の仕事をしっかりこなしているリーが言った。 「今日はもう帰っていいそうですよ。今日は働きがよかったというので勤務は無しでいいそうです」 それを聞いて男はうれしそうだった。 「今日は彼女の誕生日で一緒にすごそうと思っていたけど、この仕事は長引くと思ってちょっとがっかりしていたんだ。だだ、慎悟さんはいい人だな」 「はい」 二人の男はにこやかに笑った。 「あのー・・・」 娼婦がすまなそうに話に割り込んだ。 「ああ、すいません」 男が言った。 「悪いけどあとで応接室に通してもらえるか?」 「はい」 答えを聞くと男はうれしそうに帰っていった。 リーは立ち上がって 「どうぞ」 と言って受付の後ろから続く廊下を通り、突き当たりの部屋に入った。それに彼女もつづく。 応接室は広く、ソファが二脚あり、その間にテーブルがある。大きい窓が印象的だ。 「しばらくここで待っていてください」 「あのー」 女がいった。 「はい?」 「私はなぜ呼ばれたのでしょうか?」 「わかりません。とりあえず待っていてください」 そういってリーは出て行った。 女は居心地悪そうにソファに座ると、考えた。 なぜ自分が呼ばれたのかを。 だが、考えたわりに答えは簡単に出た。 売春をしたからだ。 今の世界、売春が犯罪でない国などあるだろうか? ドアの外で話し声がしてドアが開いた。 「こんにちは」 両刃がコーヒーと菓子を持ってきたリーと一緒に入ってきた。 「さきほどは、お世話になりました」 女は立ち上がって頭を下げた。 「仕事のうちなので」 両刃は冷たく言った。 その声には、この女と話したくもないという気持が、はっきりとよみとれた。 彼は、数ある犯罪の中で、一番嫌いなのが売春だった。男の欲求不満から生まれるこの汚い犯罪。それが一番嫌いだった。もともと彼は性の類の物が全て嫌いだ。性犯罪なんていうのは聞くだけで吐き気がするらしい。この点は慎悟と同じだ。 だから、売春という性犯罪をした女と話すのは彼にとって苦痛でしかないのだ。だから彼はそういう人と話すときは馬鹿丁寧で鼻につくように話すのだ。 「それで、ここに連れてこられた理由なんですが・・・」 女はうつむきながら言った。 「ああ、慎悟に聞いてください」 両刃は耳をかきながら言った。 「私も慎悟からあなたを連れてこさせた理由を知らないのでね」 「じゃあ、慎悟さんはどうしたんですか?」 両刃の態度が気に食わなかったのか、少し挑発的な声音で女は言った。 「別件です」 「どんな?」 「守秘義務があります。言えません」 言葉はほんの二三言だが、この話の間に二人の目の鋭さは徐々に増していった。リーは二人を挟んだ机にコーヒーとお茶をおこうとしているが、机の上で火花が散っているような幻覚におそわれていてうまくおけない。 「なにをしている?」 両刃が女から目を離さずにリーに言った。 両刃に言われ、リーは慌ててコーヒーを置こうとして、バランスを崩して少しコーヒーをこぼした。 「もう一回ついでこい」 両刃は女から目を離してはいないが、こぼしたことには気づいていた。 リーはそーっと応接室から出た。 自分の不甲斐なさに軽くため息をついて受付のすりガラスの裏に行った。 そこに冷蔵庫と軽いキッチンがある。 コーヒーをつごうとしたがすでになくなっていた。仕方なくコーヒーメイカーにフィールターをセットしてコーヒー豆を入れ、ポットから熱湯をそそぐ。 そしてもう一度大きくため息をついた。 リーがこの事務所に入るきっかけになったのは先月の七月だ。 彼の本名は李周發(リー・チャウハ)。普段はリーと呼ばれている。 彼は四年前に日本の大学へ留学するために中国からやってきた。彼はどう金を稼げばいいのかわからず、生活費だけを中国から送ってもらい生活をしていた。生活費だけを仕送りしてもらっていたため遊ぶことはできず、ただ、勉強だけをしていた。大学二年生になると講義を休む人にそのとき教わったことを教えたり、下宿の近くの居酒屋でアルバイトをさせてもらったりなどして金を稼いでいた。 講義を休む人は吐いて捨てるほどいて、居酒屋は繁盛していたのえ稼ぎやすかった。居酒屋のおじさんは優しかった。しかし今年、大学を卒業してなんの夢もなくそのまま居酒屋のアルバイトを続けていたのだが、急にその居酒屋がヤクザによって閉店を余儀なくされた。おじさんに理由を聞いたが、優しいおじさんもそれについてはまったく話してはくれなかった。なんとか、次の職を見つけるまでの金くらいは稼いであったので三ヶ月はもった。 しかし七月二十日、就職面接をいくつも受けていたがすべておとされた。理由は、 「日本語が下手」 ということだった。 四年間日本で過ごしたが日本語がどうしてもうまくならなかった。彼は接客サービスを必要とされる職業を選んでいたのだが、それが問題だった。客の注文を聞いたりするときに、相手の言うことが聞き取れなかったり自分が言ったことを相手が聞き取れなかったりすることを考えると面接を通すわけには行かない。 そんなことが何度も続き、金を稼がず、ただ職を探しているだけだったので全ての就職面接に落とされた直後生活費の底が見えた。大学卒業とともに、仕送りもいい、と言ってしまったため、金は銀行に貯金をしていた居酒屋のアルバイトの金だけだった。そして銀行に貯金をおろしに行った時、運悪く銀行強盗に出会ってしまったのだ。しかし、これが彼を片水慎悟と出会えたきっかけなので、ある意味運がよかったのかもしれない。 金をおろそうとした時、いきなり後ろで悲鳴が上がった。彼は後ろを振り返ると、銃を持った三人の黒服男がカウンターの銀行員ににじり寄っていた。リーは瞬時に銀行強盗と判断し、男たちにものすごいスピードで近づき、強盗が彼に気づく前にリーは自分の技がとどく範囲に入っていた。 彼は七歳のときに北京の体育学校に入学し、そのときから、武術を習っていた。全国武術大会で一度、準優勝になったほどだ。なので、こういう場合は、頭より先に体が動いてしまうことも多々あるのだ。 一瞬ですぐそばまで来ていた男に強盗はひるみ、リーはそのすきに男たちの銃を蹴り三方向に飛ばした。そして見事な動きで三人の体にカンフーの技を与えあっという間に気絶させた。そのとき、銀行の入り口に片水慎悟が飛び込んできたのだ。 これがリーと慎悟の出会いだった。 慎悟の手には木刀が一本だけだった。慎悟はここでおきた状況を一瞬で理解した慎悟はため息をついてリーにこう言った。 「探偵の片水慎悟です。あなたが彼らを倒したのですか?」 「ええ、そうです」 「そうですか。ご協力感謝します」 そういって慎悟はいったん外に出た。そして数人のスーツ姿の男と一緒にまた戻ってきた。 「連れて行っていいよ」 そう慎悟が言うとスーツ姿の男たちは三人の強盗を軽そうに持ち上げ、銃を拾って出て行った。 「すいませんが、参考人ということでご同行お願いします」 と、慎悟がリーに言った。 「はい」 そう答えながらリーはいぶかしんだ。 普通こういう場合は先に警察を呼ぶものではないだろうか。いきなり探偵が来て犯人を捕まえて参考人ということで連れて行ってしまっていいのだろうか。 慎悟が着いて来いというのでリーは外に出た。そしてリーは驚いた。いつの間にか外は何台ものパトカーで埋まっていた。彼が驚いた、その瞬間、 「またお前か!」 という、大声が聞こえてリーは驚いた。声のほうを見て見るとパトカーのそばで慎悟が二十歳くらいの男に胸倉をつかまれている。 「なんだよ、いきなり」 慎悟が男に文句を言った。 「警察で手に負えなかった事件に口を出すのはいい。だが警察が現場についたと同時に犯人を捕まえるというのはやめろ!」 男が慎悟におそろしい形相を近づけながら言った。 「でも、今回はオレが捕まえたんじゃないし・・・」 慎悟が恐る恐る言った。 「なんだと!」 男はまったくその形相を直そうとしない。 「じゃあ、誰が捕まえた?」 そういわれて慎悟はリーを指差した。男がリーをにらみつける。そしてもう一度慎悟を見て、 「また、仲間を作ったのか!」 また男が怒った。 「うるさいな・・・」 慎悟がつぶやいた。 「別に仲間じゃないよ。ちょうど銀行にいて犯人の気を失わせただけだ。正当防衛だったみたいだよ」 「うそをつけ!どうせまたそこら辺のやつを仲間に入れたんだろ!」 「何の根拠があって言っているんだよ。木古内。満濃さんが見ているよ」 木古内と呼ばれた男はそう言われて振り返った。パトカーの反対側で太った男が木古内を見ていた。 「子供相手にムキになりすぎだとは思わなかったか、木古内?」 太った男、満濃が軽蔑の目で慎悟を見た。 木古内はそう言われて、ふん、といって銀行の中に入っていった。 「すまないね」 満濃が慎悟に謝った。 「いつものことですから」 慎悟は肩をすくめた。 「満濃さん、彼が犯人を捕まえたんですが、一応参考人ということで連れて行ってください」 慎悟がリーを見ながら言うと、 「君も彼に用があるのじゃないのか?」 満濃がきくと、 「警察が思ったより早く動いたので」 そういって慎悟はにやりと笑った。 『警察がいなかったらそのまま連れて行く気だったのか』 リーがそんなことを考えていると、 「じゃあ、すみませんが警察の事情聴取があるのでそれが終わったらここに来てくれますか」 慎悟がリーに向かって名刺を差し出しながら言った。裏には片水探偵事務所と書かれて簡単な地図も載っていた。 「ちょっと相談があるので」 そういって慎悟はパトカーの群れの向こう側にある黒い車に乗って去っていってしまった。 リーは事情聴取が終わるとすぐに探偵事務所へ向かった。 慎悟はそこで、 「お金に困っていませんか?」 と唐突に聞いてきたのだ。 なぜわかったのかリーが聞くと、 「今年の春まで営業していた居酒屋で働いていた人でしょう?オレの助手の両刃って奴がよく行っていたんです。そこに、真面目で礼儀正しいけど日本語のアクセントのおかしい中国人が働いているっていうことを聞いていて、オレも会ってみたい、といったら写真を見せてくれてね。それで、あの居酒屋がつぶれてしまてから仕事もないからお金に困っているんじゃないかな、と思って言ってみたんです。当たりましたか?」 リーは適当だなと思いながらもうなずいた。 「それで相談なのですが」 慎悟が腕を組んで、 「ここで働きませんか?」 リーは予想もしなかった言葉に一瞬あっけに取られた。 「日本語わかりますか?」 慎悟が顔を近づけていった。 それからリーはここで働いている。理由はカンフーができてお金に困っているからだそうだ。もともと接客業をやりたかったと慎悟にいうと簡単に受付係にしてくれた。 ただしその働き始めた初日から日本語の鬼の特訓が始まった。慎悟と両刃が空いている時間をほとんど使ってリーの日本語を聞いて、間違っているアクセントや言葉があったらわかるまで直すのだ。しかも、それは夏休み中だからか、ほとんど仕事がないときだったので時間はたっぷりあった。一日のスケジュールが、睡眠8時間、仕事8時間、自由時間が0時間。残りの8時間はずっと日本語だけをしゃべっていた。それによってリーは一週間で在日中国人とも思えるほどの日本語になったのだ。 それから一ヶ月、リーは受付の仕事は完璧にこなせると判断した両刃が今日の仕事に連れて行ってくれて簡単に敵を片付けてしまったのだ。 リーはコーヒーをコップにつぎながら今朝の仕事を思い出す。両刃にはもっときつい仕事だといわれたが、自分がこれからこなしていけるのか少し不安だった。 そのとき、受付のすりガラスの向こうで何かが動く気配がした。彼は両刃に、たまにだがここは侵入者が入ろうとするから気をつけろ、といわれていたので、気配に気づくと一瞬で二メートルあるすりガラスを飛び越えて受付のクリスタルの机に降り立った。ちょいとそこらでは見ることのできない本格アクション映画のワンシーンのようだ。 が、机の前にいたのは慎悟と、さっき来た美人な依頼人だった。 「なにをしているんだ?」 慎悟が首をひねりながら聞いた。 「いや・・・・その・・・・」 勘違いで本格アクション映画のワンシーンを演じてしまったというのは新人のリーにとっては言いにくかったのだ。 「とりあえず降りろよ」 慎悟があきれた目で言った。勘違いしたというのに気づいたようだ。 リーは机から降りると、 「お帰りですか?」 と、慎悟に聞いた。 「ああ」 慎悟はそういってうつむいた。 リーはまた幻覚に襲われた。慎悟の頭に後悔の文字がのっかっていて、その重みで慎悟がうつむいたように見えた。あまりにもリアルに見えたのでリーはあっけにとられた。 そんなリーにおかまいなしに慎悟は顔を上げると、ドアのところまで歩いていきドアを開けた。 「どうぞ」 慎悟がそういって依頼人を見た。リーも彼女を見てやっと気づいた。泣いていたのだ。リーは驚いた。今まできた依頼人は全員、来るときは悲しそうな顔をしていたり、不安そうな顔をしていたりしているのだが、帰りは必ず明るい笑顔で、見ているこっちがうれしくなってくるような笑顔なのだ。 しかし、この依頼人は泣いているのだ。リーにとってこれは初めての経験だった。 「お気をつけて」 慎悟のその言葉に彼女は真っ赤にはれた目で慎悟をおもいっきりにらみつけて出て行った。 「リー?」 慎悟が立ち尽くしているリーに向かって言った。 彼女のにらみつけた顔がとても怖くてリーは動けなくなっていた。 「リー!!」 大声で怒鳴られてリーはようやく呼ばれていることに気づいた。 「はい?」 「どうした?」 慎悟が聞くと、 「いえ、べつに・・・」 リーは適当にごまかしたが慎悟はいぶかしんだ。 「ところで、机に上ってなにしようとしていたんだ?」 「いえ、べつに・・・」 ごまかさないとならないことだらけのようだ。 「で、誰か来てるの?」 慎悟が聞いても無駄だと判断して違うことを聞いた。 「はい。でもなんでわかったんですか?」 「コーヒーのいい匂いがするからさ」 慎悟が鼻をひくつかせてすりガラスの向こう側に行った。 リーは微笑んだ。ここ(片水慎悟探偵事務j所)にいると普段の生活で慎悟の推理とも勘ともいえない言葉を聞くのはとても楽しいのだ。 すりガラスの向こう側に行くと慎悟が彼専用の特大のマグカップを出してコーヒーをついでいた。 「リー、オレはいつもこう思う。おまえのコーヒーは喫茶店を開いたら大成功するくらいいいと思わせられるよ」 慎悟がにっこり言った。 リーの特技はカンフー以外にコーヒーを入れることだった。特にたいしたことをしているというわけではないのだが、なぜかとてもおいしいのだ。 「で、誰が来たの?」 慎悟が聞いた。 「さっきの連れ込みホテルにいた女性です」 リーの言葉を聞いて慎悟はコーヒーを吹き出してしまった。 「どうしました?」 リーが聞くと、 「リー、今頃ああいうホテルを連れ込みホテルなんて言う奴はいないぞ」 「え?」 「いいか、日本語の特訓のときに教える必要はないと思って教えなかったオレが悪いけど、さっき行ったようなホテルはラブホテル。省略してラブホっていうのだよ」 『そんなことか・・・』 リーはあきれたが表情には出さなかった。 「言ってみて」 慎悟が言った。 リーは仕方がなく、 「ラブホ・・・」 といってあげたが、 「『ブ』が完璧に英語の『vu』発音になっていたけどいいか」 慎悟が肩をすくめた。リーは肩を落とした。 「で、ラブホにいた女だって?」 「はい」 「わかった。行ってみよう」 慎悟がもう一度マグカップにコーヒーをつぐと言った。 「はい」 リーもそういって持ち帰ってきたカップにコーヒーを入れた。 「なにやっているのかな・・・?」 慎悟が応接室の扉を見ながら言った。 中からすさまじい怒鳴り声が響いている。リーはさっきの光景を思い出した。 さっきのにらみ合いが口げんかに変わったのだろう。 そのことを慎悟に話すと、 「おまえは両刃についてどう思う?」 と、いきなり聞いてきた。 「どうって・・・。尊敬はしていますけど」 リーは先輩だからという理由でそう答えた。 「なるほど・・・」 慎悟はそういってあごに手を当てて考えた。 「ほとんど初対面の人間と口げんかができるっていうんだから両刃は希少価値があるのかもしれない。ひょっとするとあいつはある種の天才なのかもしれないしな。うん。おまえが尊敬しているという行為は決してまちがっているのではないのだな、うん」 慎悟は勝手にうなずき始めた。 リーは言っている意味がよくわからなかった。 「とりあえず、入りませんか?」 リーが言うと、 「ああ・・・」 慎悟はまだ何か考えているようだった。 リーはかまわず部屋のドアを開けた。するといきなり両刃と女のものすごい眼光が当たった。 『喧嘩にまきこまれる・・・』 リーは一瞬でそう判断しコーヒーと菓子をおいて出ようとした。が、 「リー、おまえもいなさい」 慎悟が応接室にある一番大きな椅子に向かいながら言った。 「はぁ・・・」 リーは日本語の特訓で教わった『どうしたらいいかわからないときに言う言葉』というのを言った。ただし、この日本語が正確かどうかは定かではない。 「慎悟、こいつを呼んだ理由は何だ?」 両刃が、女を指していった。 「両刃、女性にはもっと丁寧な言葉で話しなさい。しかもほとんど初対面なのに。失礼だぞ」 慎悟が椅子を机のそばに持ってきていった。 「じゃあ、この女性を連れてきた理由は何ですか?」 一字一字にとても力を込めていった。 「うん。まあ・・・いろいろあるんだ」 慎悟が爪のなめらかさを見ながら言った。あきらかにやる気がないのがわかる。 「え〜・・・。とりあえずお名前は?」 慎悟が女に聞いた。 「月島雫です」 女が言うと、 「本名でお願いします」 慎悟はまだ爪の滑らかさを見ながら言った。 「え・・・」 両刃とリーが口をあけて慎悟のほうを見た。女も口をあけて慎悟を見ていたが、両刃たちとはちがう感じがする。両刃たちはわけがわからないという表情だが、女はなぜわかったんだ、という表情だった。 「両刃。オレはおまえにはこのことに気づいてほしかったよ」 慎悟が肩をすくめて言った。 「なぜ・・・わかったんですか?」 女が言った。 「その前に本名を教えていただけますか?」 慎悟が顔を真剣にして女を真正面から見つめて言った。 女は頷くと名前をなのった。 「月島麗菜です」 「なるほど」 慎悟は立ち上がっていった。 「え〜、じゃあ月島さん。あなたをここに呼んだ理由なのですが・・・」 「ちょっとまてよ」 両刃がとめた。 「偽名だってわかった理由は?」 「ああ、あれ?簡単なことだよ。去年、2004年の八月十三日に新しく使える人名漢字が承認されたのは知っているよな?」 慎悟が両刃とリーに聞いた。 「ああ」 両刃は普通に答えられたが、 「噂では聞きました・・・」 リーは適当に答えた。そのころはまったくといっていいほどニュースを見ていなかったのだ。 「じゃあ、両刃。新しく承認された人名漢字、488字を記憶しているか?」 「・・・」 「両刃?」 「さぁ・・・」 「記憶してないのか」 慎悟が大きく肩をすくめた。 「じゃあ、おまえは記憶しているのか?」 両刃がきくと、 「もちろん。『舵』『撫』『苺』『檎』『桔』『梗』・・・」 「わかった、わかった。いいよ。いわなくて」 えんえん続けられると判断した両刃が止めにかかった。 「でも、最後にこれも聞いてくれ。『雫』」 「あっ」 「わかった?今年の8月13日に承認された漢字は承認されただけでまだ使えないんだ。だから偽名だって思ったんだ。」 「なるほど」 「たぶん月島さんは同じ苗字の人を思い浮かべてとっさにスタジオジブリの『耳をすませば』の主人公がうかんだんじゃないかな。ちなみに、その作品は1996年に公開されたから今と同じでまだ雫という人名漢字は使うことはできないんだ。だからあの主人公の名前はどうしてあのとき誕生していたのか不思議だね」 慎悟がとっても必要のない雑学を披露した。 「すごい」 月島麗菜が言った。 「なにがですか?」 慎悟が聞くと、 「よくそんなことがわかりますね」 「ああ。必要なのは知識だけです。知識というのは本を読んでテレビを見れば簡単に頭に入ることです。大事なのはそこから新しい考えとしてなにを生み出せるか、ですよ」 慎悟が月島に軽くウィンクをした。 そのとき月島の頬がかすかに赤くなったのがわかった。 「そうだよな、両刃、リー」 慎悟は月島の頬の変化にはかまわずに二人にいった。 「はい!」 リーは元気にそう返事をしたが、 両刃は特に何も言わなかった。 「話がそれましたね。月島さん、今回あなたをお呼びしたのはお願いがあるのです」 慎悟が月島を見て言った。 「お願い?」 「はい」 月島は首をひねった。ほとんど初対面の人にお願いをされることなどほとんどないのだろう。 「私の事務所で働いてもらえませんか?」 慎悟は真剣な目つきで言った。そんな彼に両刃がため息をつく。 「慎悟、そういうのを勝手に決めないでくれるか?」 「いいじゃないか」 慎悟は両刃のとげのある言葉にやんわりと答える。 「月島さん。あなたはなぜ売春をはじめたのですか?」 慎悟が聞くと、 「私は今年で23歳になるんですけど、大学を就職先も見つからないまま卒業してしまいどうすればいいかもわからないでただこの仕事を始めてしまったんです」 リーは彼女が自分より年上だと知って少し驚いた。 「それでそのまま一年生活してきたんですが今日、ここにつれてこられたんです」 「なるほど」 慎悟はもう一度爪を見始めた。 「では、生活に困っているのですか?」 慎悟が興味をなくしたのでかわりにリーが聞いた。 「多少は余裕がありますが。今日・・・逮捕されたので・・・」 最後はほとんど聞き取れなかった。 「逮捕?」 慎悟が顔を上げて聞いた。 「すぐに警察に連れて行くんでしょう?」 月島が聞くと、 「とんでもない。そんなことはしませんよ」 慎悟が苦笑しながら言った。 「私は困っている人を助けるために探偵をやっているのですから。困っている人をそれ以上困らせることなんかしませんよ」 「だが、慎悟!」 両刃がいままで黙って聞いていたが口を出した。 「おまえはいったい何人仲間を増やすつもりだ?平の社員がいったい何人いると思っているんだ。そのなかで一ヶ月に働いているのは全体の6割。働いていない4割にもただで給料をやっているんだぞ。それでもまだ増やすのか?」 片水慎悟探偵事務所には、現在100人ほどの所員がいる。 まず慎悟たちのように東京で働く人が10人。各県に1人ずつ所員が派遣されていて、裏の情報などのデータを作る仕事をしている。これに47人。 ほかにも、慎悟たちが扱った事件などの情報処理をしている人たちや、裏の所員といって潜入捜査をいつもしている人もいる。 「残りの4割だってちゃんと働いているだろ。ちょっと表に出ない仕事なだけでちゃんと働いているよ」 「情報処理が仕事といえるか?」 「立派な仕事だとも。オレたちの調査は彼らの情報処理があるから進むようなものだ」 「どうだかね」 両刃は腕を組んでそっぽを向いた。 「気にしないでください。両刃は少しずつ仲間を増やしていくことで自分の給料が減っていくのがいやなだけなんですよ」 居心地悪そうにしている月島にリーが言った。 「でも慎悟さん。こんな血を見る仕事をやらせていいんですか?」 リーも一応反対しているのだ。 「大丈夫、大丈夫。その辺のことはちゃんと考えて仲間は増やしているから」 慎悟は笑っていった。 「面倒は見るんだろうな?」 両刃が慎悟を見ながら言った。 「大丈夫。おまえの邪魔になるようなことはしないよ」 「・・・勝手にしろ」 そういって両刃は足音荒く出て行った。 「慎悟さん、いいんですか?」 リーが心配そうに聞くが、 「大丈夫だ」 と気楽に答えた。 「あの・・・」 月島がすまなそうにいった。 「はい」 「迷惑ならいいんです。私も働きたいわけではないですし・・・」 「いいんですよ。それに売春という裏の仕事をするのと、表の仕事で人を助けるのを選ぶとしたらどっちがいいですか?」 慎悟がバカでもわかるような質問をした。 「・・・わかりました」 月島はうなずいた。 「わかってもらえると思っていましたよ。な」 そういってリーのほうを向いた。 リーはあいまいに微笑んだ。 なんと言っていいのかよくわからないのだ。 ただ、慎悟がなぜそこまでして彼女をこの事務所で働いてほしいのかはまったくわからなかった。 「なんであそこまでして月島さんを仲間に入れたんですか?」 月島を外に出て見送ったリーが慎悟の部屋に来て言った。 「おまえは今までにオレの部屋に何回入ったことがある?」 慎悟が机の前で分厚いファイルを開いていった。 「えっと・・・、日本語の特訓のときに2回で・・・、そのあとはお客さんを連れてきてコーヒーを持ってきたのが10回だから12回です」 「そうか・・・」 慎悟がファイルから顔を上げてこういった。 「おまえはまだ見たことがないのかもしれないから見せておこう」 慎悟はファイルを椅子の上に放り投げて自分のデスクの後ろに回った。そこにはなにかが黒いカーテンで覆われているのだ。今日来た美人の依頼人と話しているときにデスクの後ろを見たときはこれを見ていたのだ。 「いいか。たぶんこの先、オレが死ぬまでは今以外にこれを見せないだろうからよ〜くみておけよ」 そういって慎悟はカーテンをとった。 そこには行書で書かれた文章が額に入れられていた。ただ日本語をやっと書けるようになったリーにとってそれは落書きに見えた。 「なんですか?この落書きは?」 リーが自分の思ったことを素直に言うと慎悟が苦笑した。 「落書きか。そんな事をいわれたら天下の葛飾(かつしか)夭逝(ようせい)先生も落ちたものだな」 慎悟が額の横に立って言った。 「これは字だ。日本の書体で行書というんだけど・・・、中国人にも落書きに見えるのかな・・・。これにはこう書いてあるんだ」 そういって慎悟は声を低くしてこういった。 『少しでも多くの人を幸せにするために人は存在する』 「これは5年前に世界を騒がしていた有名な書道家の葛飾夭逝さんが書いた字なん だ。その人と一度会ったことがあって、そのときにその人が書いてくれたとてもあり がたいものなんだ。おまえもこの文章の意味はわかるだろ?」 「はい」 「だからオレは月島さんを幸せにしようとしたのさ。 まあ、彼女の幸せを勝手に決めてしまったオレは悪いのかもしれないけど、彼女のことと、彼女に関わってきた人、そしてこれから関わっていく人のことを考えたら、こういう方法しか思い浮かばなかったのさ」 慎悟はそういってカーテンを閉めた。 「でも、慎悟さんは何でそのことを両刃さんに言わなかったんですか?」 「いわなくてもあいつは知っているのさ。五年前、オレとあいつで探偵事務所を設立したときに二人で誓ったんだ。 『少しでも多くの人を幸せにする』 ってな」 「じゃあなんで両刃さんは月島さんを入れることに反対したんですか?」 「その誓いをずっと続けていったら日本の人口の半分くらいをこの事務所で働かせることになるから。あいつの反対する気持ちもわからなくはないよ」 「なるほど・・・」 リーはずっと慎悟と両刃は仲が悪いと考えていたのだが、すこしその考えが薄れた。 「さ、今日は一つ大きい事件が解決したんだし、一緒に飲みに行かないか?」 慎悟が彼より少し背が高いリーの肩をたたいて言った。 リーはよろこんで、といって慎悟の部屋のドアを開けた。 しかし、事務所を出るときに気づいた。 「慎悟さんは酒をのめるんですか?」 「いいや。たいていの法律は許されても酒はだめだってさ」 『ひどいな・・・』 法律がじゃない。自分を一瞬でもだました慎悟がだ。リーは静かにそう思った。 |