章 最速、最狭、最悪

       




慎悟は男との間合いを計った。慎悟は二台の一番後ろで男は荷台の一番前に立っている。間合いは約五メートル。荷台の横の長さは2メートル弱。
狭い。
高速に入って車のスピードが上がった。
速い。
男がコートを脱いだ。胸筋が盛り上がり、腹筋は8つに分かれ、腕の筋肉はボブサップをこえている。体重は100キロくらいありそうなムキムキだ。
最悪だ。
慎悟はため息をついた。今までで一番危ない状況だ。落ちたら後ろから来る車に轢かれる。速いから風の抵抗で後ろに落ちそうになる。ついでに一流のボクサー並みの筋肉を持った男も落とそうとする。
慎悟はためいきをついて指の骨を鳴らすとゆっくり男に近づいていった。
映画『マトリックス/リローデッド』でもこんなシーンがあったな・・・。
慎悟はそう考えてからこぶしを握った。
男もボクシングの構えをとる。
男が飛びかかってくる。
すばやい両フックが飛んでくる。慎悟は何とか片手で止める。威力が強い。慎悟はよろけながら男の足をすくおうとする。
だが、男は先を読んでいた。重そうな体にもかかわらず、すっと飛び上がってカンフー顔負けの蹴りを慎悟にお見舞いした。
慎悟はバランスを崩して落ちそうになったが、体をクルクルと回転させてふせる。
慎悟はゆっくりと立ち上がってカンフーの構えをとる。そしてゆっくり相手に近づきながらさっきの攻撃を思い出す。
『どこかに穴があるはずだ』
慎悟はそう考えてから飛び上がって三段蹴りをする。三段すべてを手で受け止められ、着地した慎悟に容赦なく攻撃がくる。
よけるのと、屋根の端を確認するので精一杯で攻撃を返す余裕が無い。
ゆっくり後ずさりしながら慎悟は観察した。
そしてわかった。
男のが両フックをするときに必ず胸に大きな空きができる。そこに入り込めばなんとかなる。
慎悟は屋根の端に走り、男から離れると呼吸を整えた。
そして、頭の中にロックの激しいリズムを流した。
慎悟が尊敬する中国のアクション俳優が言った言葉にこういう言葉がある。
「武術と音楽には相通じるものがある」
その言葉を聞いてからこういう戦いの場面の時は必ず頭の中に音楽を思い浮かべるのだ。それも、激しいリズムのロックを。
男が来る。
相手の動きを一つも逃さないように観察する。両フックが来る!
相手がフックの構えをとった。慎悟は男の胸の中に飛び込む。
両胸に力いっぱい殴りこむ。男がバランスを崩す。そのまま足をすくい、転がった男を蹴り飛ばす。
男が宙を舞った。そのまま荷台の下に落ちる。
ヤバイ!
慎悟は頭の中にその言葉が浮かぶと何も考えずに男が落ちていったところにスライディングして男の腕をつかんだ。
なんとか二人とも落ちるのはまぬがれたが、慎悟がつかんでいるだけなのでいつ落ちてもおかしくない。
「Catch my hands!(腕をつかめ!)」
慎悟はそういって両手を男に差し出した。これで慎悟を抑えているものは彼の足だけになった。
だが慎悟はなんの迷いもなく男に手を差し出した。
男は慎悟の腕をつかむ。慎悟はなんとか男を引き上げた。
「Are you OK?(大丈夫か?)」
慎悟がそう聞いたが、男は冷たかった。
命の恩人の慎悟にいきなり蹴りをお見舞いしたのだ。
慎悟はそれをよけようとしてバランスを崩して落ちそうになったが、なんとか両手で屋根の端をつかんでいる。
だが、男が慎悟の指を踏み始めた。慎悟は歯をくいしばる。痛いんじゃない。自分が正しいことをしたのかわからなくなったのだ。
慎悟は手の力だけで体を浮き上がらせた。そのまま屋根の高さに体を持ち上げると男の足に蹴りを入れた。男が倒れる。そして慎悟も落ちた。
ドン
慎悟は赤いフェラーリの上に落っこちた。

 
 「危ない!」
リーが叫んだ。トラックの後ろにフェラーリをつけていた両刃は慎悟が落ちる瞬間に車を慎悟の下に待機させていた。
慎悟がボンネットに落っこちる。両刃がボンネットの上で寝っ転がっている慎悟に大声で「どけ!」と言った。
すでにトラックは慎悟が落ちた時点でスピードをあげ、慎悟を落とさないようにしてスピードを少し落としたフェラーリは追いつける距離にはいなかった。
「ちくしょう!」
慎悟はそういってフェラーリのボンネットを殴った。
ボン
ボンネットが手の形にへこむ。
リーはそれを見て、
「慎悟さんと両刃さんは似ているな」
と考えた。
そして、月島のことを考えた。
月島は誘拐された。