第6章
入会試験


 慎悟は二階の1年生の教室をのぞいた。階段を上っている途中で何かの気配を感じたのだ。二階では隠れる場所はほとんどない。1年生の4つの教室とトイレくらいだ。音楽室は授業以外には鍵が閉められている。
慎悟は4つの教室の全てを調べて誰もいないのを確認すると、またいまいましそうに壁を叩きながらまた階段を上っていた。 
 三階。また人の気配を感じ慎悟は三階の教室を調べたが、誰もいなかった。
慎悟は憂さ晴らしに2年1組の教卓を思いっきり殴った。慎悟はそのまま階段へ戻ったが教卓にひびがはいった。
 慎悟は階段を上りながら考えた。この入会試験はただ本をとってくることだけじゃないのはわかっている。頭の狂った連中のやることだ。何かとんでもない仕掛けでもありそうだ。
 階段を上りきると廊下がまっすぐ図書室へ伸びている。慎悟は前後左右を確認すると全速力で図書室まで走る。途中の教室で何か動いた気が慎悟はしたが構わずにそのまま走る。
 図書室のドアを開けるとドアのそばの机で女の人が本を読んでいた。慎悟がドアを閉めると女の人が顔を上げて慎悟を見る。
「あんまり見ない顔ね・・・」
『・・・いきなり人を見定めるタイプか』
慎悟は彼女から目をはずして書棚の中に入っていった。
「本を借りたいときは一言言ってね」
書棚の中に入るときに彼女が言った。
この図書室は普通の学校の図書室の数倍の本がある。高さ三メートルほどの本棚が二十個ほど置かれていて、本はエドガー・A・ポーの『モルグ街の殺人事件』から高杉龍治先生の「幸福な名前の付け方」まである(噂だが、この本を読んだ女生徒が本気で改名しようとしたらしい)。新聞は一か月分の新聞をいつでも読めて、中古のパソコンが五台置かれ、インターネットに接続されているため、何かを調べるときはここが一番手っ取り早い。
慎悟は勉強も先生に聞くよりここで調べたほうが正確だと創次に聞いた。
 慎悟は【研究参考書 科学・哲学】の本棚まで行くと本を探し始めた。
アイウエオ順に並ぶなかでマルクスの文字を探す。ときにアイウエオ順と言うのはなぜこんなにも探しにくいことがあるのだろうか。慎悟はそう考えながら本を見つけた。
名前のわりにけっこう薄い本だ。一番後ろのカバーを見てみると[第二刷]と判が押されている。慎悟は本棚を見つめてもう一冊同じ本が無いかを確認してからもう一度カバーを見てみた。
本棚には同じ本は無くカバーには変わりなく[第二刷]と判が押されている。
慎悟は泉谷が指定した本の内容を思い出した。
【マルクス・エルグスによる空想哲学 初版第一刷】
ここには第二刷しかなく、第一刷は無い。
「すみません」
慎悟は書棚から顔を出して先ほどの女性に声をかけた。
「はい?」
女の人が顔を上げる。慎悟は今気づいたが、かなり美人だった。
「なんです?」
慎悟が顔に見とれているのをいぶかしんで彼女が声をかける。
「この本の初版は無いですか?」
女の人に本を見せたが見えなかったらしく、ワイシャツの胸ポケットからメガネを取り出して背表紙を見た。
美人はメガネをかけてもきれいなんだな、と慎悟は考えた。
「あんまり見ない本ね」
「でしょうね」
慎悟は適当に答えた。頭の中ではまったくの別のことを考えていたからだ。
「確かその本は一冊しかないからそれが初版じゃないなら違うわね」
「そうですか・・・」
慎悟は本をペラペラめくりながら考えた。
狂った連中でも約束は守るやつらだとは慎悟も思った。JHS。公平を守る生徒たちだからだ。
さて、今の慎悟の考えを聞いて、慎悟はいい人だと思った読者の方はまだ考えが甘い。
「それにだまされたとしたら殴ればいいこととだ」
慎悟は小声でそう言った。慎悟は本気でそう考えていた。
しかし、慎悟のその決意が実行されることが無いのが明らかになった。本の一番後ろのページに初版の本は必ずあるという答えがあったのだ。


 慎悟は本を借りて図書室を出た。三年生の教室の前を歩きながら慎悟はさきほどの女性の顔を思い出した。
「いいねえ」
慎悟が最近おかしくなってきたと麗菜は感じていたがまったくそのとおりだった。
慎悟は放送で流れている『Fire man』のリズムに合わせて軽やかに歩いていた。
慎悟が一番階段際の3年1組の教室の前に来た時、扉から机が飛び出てきた。慎悟がビクッと体を震わせる。
ぞろぞろと十人ほど生徒が出てくる。
『・・・こんなことだろうと思った』
慎悟が薄い本をくるくると手の中で回しながら思った。
「悪いけど邪魔をさせてもらうよ」
生徒の一人が言う。彼が拳を握り、とても威圧感が出た。
慎悟がため息をついて出てきた生徒を観察する。
全員武道系のスポーツをやっているようだ。多分ここにいるのは全員空手部だろう。
慎悟は何人もの格闘かと闘ってきたので筋肉のつき方を見ればその人がどんな競技をやっているかがなんとなくわかるのだ。
「邪魔ってのは具体的にどういうことをやるんだ?」
慎悟は妄想の邪魔をされたので怒っている。
「こんなものだ」
その言葉と同時に10人全員が慎悟を取り囲んだ。
慎悟は慌てる様子も無く頭をかきながら言った。
「めんどくせぇ」
慎悟の言葉を聞いて10人全員の額に血管がうかんだ。
「かかってこいよ」
慎悟が完璧に見下した目で生徒たちを見ると言った。
10人全員が慎悟に向かってくる。全員怒りのよろいをまとって。
慎悟は面倒くさそうに針砕流の防御の構えをとった。
大柄な生徒のこぶしを慎悟が軽くそらす。
そのまま生徒の腕をつかんで後ろに投げ飛ばす。その生徒に二人の生徒がつまずいた。
残り7人。
三人の生徒が同時に空手の技を繰り出してくる。慎悟は三人の攻撃を全て手で軽くそらしている。
慎悟がゆっくり後退しながらうっとうしいと思ったとき、慎悟は後ろに気配を感じた。
慎悟が後ろを向いたときには竹刀を持った生徒が慎悟に振りかぶった。
慎悟にはよける間がなく胴に大きく振りかぶられた竹刀をくらった。
慎悟が壁に叩きつけられる。
慎悟の上に生徒がどんどん上ってくる。生徒が慎悟の足や腕をつかむ。慎悟は押しつぶされて肺が圧迫されたのと竹刀で撃たれたので動く力がない。
慎悟の前で小柄な生徒が竹刀を振りかぶる。
慎悟はため息をつき、深呼吸をすると感情を解放した。
その瞬間、慎悟の体が綿のように軽くなり、力がわきあがってくる。
小柄な生徒が竹刀を振り下ろす。
慎悟は自分の上に上っていた生徒全員を持ち上げて竹刀を何とかよけた。
上っていた生徒たちを一人残らず投げ飛ばす。
「もう容赦しない」
慎悟はそう言って向かって来た一人の生徒の腹を思いっきり蹴り飛ばす。生徒が吹っ飛ぶ。
慎悟が針砕流の攻撃の構えをした。
トラックのように突進してくる大柄な生徒に見えないような速さで手刀を打ち込んでいく。手刀をくらった生徒はみんな気絶していく。
最後に竹刀を持った生徒が残った。慎悟が自然体で立つ。
生徒が竹刀で突きの構えをする。
「中学生は剣道で突きは禁止されてるんじゃなかったか・・・?」
慎悟はそうつぶやいたが生徒には聞こえず、突きのかまえで突進してくる。
慎悟は竹刀が一メートルの範囲に入ったところで慎悟が左に少しよけた。竹刀が空を突く。
生徒は竹刀があるからと油断して隙がありすぎる。慎悟は生徒の顔を殴る。
だが生徒はまったく動じず、(後でわかったがマウスピースを入れていたらしい)慎悟に向かってまた竹刀を振り上げた。
慎悟は振り上げられた竹刀をじっと見つめ、どう振り下ろされるかを頭の中で考える。
生徒が振り下ろす。
慎悟が動いた。
バキッ
慎悟が竹刀に向かって拳を突き出し、竹刀が真っ二つに折れた。
生徒が唖然としている隙に慎悟は腹に向かって蹴りを入れた。
生徒が腹を押さえながら倒れこみ気絶した。
「残念でした」
慎悟は廊下に倒れている大量の生徒を、目を細くして見てから階段を降りようとした時、下から大勢の足音がしてきた。慎悟が下を見ると竹刀を持った大勢の生徒が階段を上ってきた。
「ほんとにめんどくせぇ・・・」
慎悟はそうぼやくと階段を上って行き、屋上に出た。屋上に行くとすぐに鍵を閉める。
「さて」
慎悟はノリで屋上に来てしまったので困った。
屋上は(生徒が飛び降りないように)1メートルほどのフェンスが設置してある。ただ、これの効果があるのかどうかは定かではない。
慎悟はフェンスに寄りかかると体育館の屋上が校舎の屋上より低いのに気づいた。慎悟は一瞬沈黙してから校舎から体育館までの距離を目で測る。
10メートル。高さは体育館のほうが4メートルほど低い。
慎悟はまた沈黙して、フェンスから離れた。
丁度、大勢の生徒が屋上へのドアにつき、ドアをどんどん叩いてから鍵を開けた。先頭に創次がいる。
『・・・なんでカギ持ってるの?』
慎悟はいったんそう考えてから急に後ろを向いてフェンスに向かって走り出す。生徒たちが何か叫ぶが慎悟の耳には入らない。
慎悟はフェンスに足をかけると飛び上がった。
慎悟は走り幅跳びの選手顔負けの跳躍で空中を跳ぶ。
これが針砕流の真髄だ。
慎悟に怖いと言う感情は無い。
感情を押さえ込み、力を抑制し、技を持ってここまでできる。
慎悟はふわりと体育館の屋上に着地した。後ろを向くと校舎の屋上で生徒たちが慎悟を指差して何か騒いでいる。
慎悟は両刃に、自分の力を見せ付けすぎるなと言われていたのだが、今は完璧に無視していた。
慎悟はゆっくり階段を下りようとした時、慎悟の後ろでドサッっと音がした。
何かが落ちた・・・。いや、誰かが落ちたのだ。
慎悟が裏を向くと風上創次が慎悟の後ろで転がっていた。
校舎の屋上では生徒たちが、慎悟が飛んだことに驚いていたが、創次が飛んだことにも驚いていた。
慎悟の目が真剣になった。創次の目は慎悟の倍真剣だ。
放送の曲が『XGon‘ Give It To Ya』にかわった。
慎悟が針砕流の構えをする。
「びっくりしたよ。まさか君が幅跳びの選手だったなんて」
創次が起き上がって慎悟に向かって構えながら言った。
「こっちこそ驚いたよ。まさかこんなところにも針砕流の継承者がいるなんて」
慎悟が創次の構えを見て言った。慎悟と同じ構えで親指の付け根と第一間接を曲げている。
「母が沖縄出身なんだ」
創次は手首をくるりと回して慎悟に向ける。
慎悟は創次の目を見た。
創次の目は笑っている。なにか、とても楽しそうだ。
「なにかおかしいか?」
「いや、べつに」
創次はまだ笑っている。
「ただ、自分と同じ流派の人に会うなんて珍しいからさ」
「昨日会わなかったか?」
慎悟はとっさに聞いてしまった。
もし昨日会ったビートが創次なら聞かれてウソを答えれば目に迷いが出る。
「いいや、昨日、俺は一度も家から出なかったから」
創次の目に迷いは出なかった。
『・・・人違いか。』
慎悟はそう判断した。その瞬間、創次が突進してくる。
慎悟は創次の手刀を軽くよけ、創次の顔を平手打ちした。
創次がよろける。
慎悟はその瞬間階段に走る。創次が一呼吸遅れて走り出す。
慎悟が階段を駆け下りる。創次が後ろに続く。
慎悟は最後の五段を跳んで体育館の中に入った。後ろから創次が飛び掛かる。が、
「そこまでだ!」
体育館のステージの上で泉谷が叫んだ。
その言葉に創次が空中で体をひねって慎悟の側に着地した。
泉谷がステージから小走りにやってくる。とてもうれしそうな顔をしている。
「本を見せてもらおうか?」
泉谷が手を差し伸べて言う。
慎悟が差し出した本を泉谷が題名を確かめてから後ろのカバーを見た。そして泉谷が首を振って慎悟に本を返す。ただ首の振り方がいかにも芝居だ。
「残念だけどこの本は初版ではない。残念だったね」
「そう言うと思ったよ」
慎悟はそう言ってカバーの後ろを見せた。先ほどと変わりなく【第二刷】と判子が押されている。
「俺も最初はこの本を見て迷ったけど、たいしたことじゃなかった。本自体が初版であれば問題ない」
そういって慎悟は第何刷か書かれているページを開いた。そこには【初版第一刷】と書かれていた。
「つまりこういうことだ。おまえたちは難しい試験を用意しようとしてわざわざ初版第一刷なんて条件をつけた。たいして難しくは無かったけどね。
まずJHSの誰かがこれと同じ本を買った。それには第二刷なのでカバーに判子が押されている。そしてそのカバーと学校にあるこの本のカバーを取り替えた。本が第何刷かを調べるには後ろから探したほうが速く見つかる。後ろから探せば自然とこの第二刷が見つかる。試験を受けたやつらはこの本の初版を持ってくることができなくなる」
慎悟が本を泉谷に投げて渡した。
「だがお前のようにこれが初版だと気づかれたらどうしたんだ?」
「そのときのためにあんな大人数で俺を襲ったんだろ?」
泉谷がビクッとする。
「あんな大人数で襲われてやっとこのJHSの大きさを知ったよ。剣道部や、空手部にJHSの仲間がいるとはな」
「まあな」
そう言って泉谷はステージに戻っていった。慎悟も後に続く。
泉谷はステージに上ると、置いてあったトランシーバーを手にした。
『・・・学校にトランシーバーを持ってくるとは』
慎悟は半分あきれ気味に泉谷を見た。
「そうだ。全員集まれ」
泉谷がそう言ってトランシーバーのスイッチを切ると体育館の入り口から続々と生徒が入ってきた。
「それではみんな。紹介しよう。なかには知っている者もいるだろうが、今日から仲間に入った長瀬慎だ」


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