第5章
JHS?


 
AM 7:30
 【××区立天然中学校】
慎悟は天然中学校の看板の前で腕を組んでいた。足でトントンと道路を叩いている。早朝ランニングで赤いジャージを着たおじさんが慎悟をみながら首をひねっている。慎悟が明らかに怒っているのがわかるからだ。
慎悟は今朝の出来事を思い出した。
六時半に慎悟はおきて朝食を食べ二階に下りていった。両刃がメイクをするためだ。探偵の片水慎悟だと言うことを隠すために変装をするのだ。
慎悟が怒っている理由はこれだ。
「14歳で化粧するとは思わなかったよ・・・」
「去年ドラマに出演したときにも化粧はしただろう」
慎悟の愚痴は両刃の的確な言葉には歯が立たない。
両刃は上手にメイクをして変装はとてもうまく言った。簡単には片水慎悟とはばれない変装になったのだが、慎悟は化粧自体が嫌いなのだ。
慎悟は道路を叩くのをやめると校庭に入っていき、真ん中で止まると叫んだ。
「めんどくせぇ!」
 

「彼が今日転向してきた長瀬慎君です。自己紹介お願いします」
昨日の朝来た依頼人、つまりこのクラスの担任の板倉先生が後ろに行って慎悟を生徒たちの前に放り出す。慎悟・・・、いや長瀬慎にはそう思えた。
長瀬慎。これは慎悟が学校で使う偽名だ。
「はじめまして」
慎悟は笑顔で生徒を見るが、頬がぴくぴくと小さく痙攣している。
「じゃあ、慎悟君はそこの席でいいね?」
「・・・はい」
慎悟は力なく返事をして板倉先生を見る。担任はとても楽しそうだ。先生と言う職業が楽しくて仕方ないように見える。
「さ、席について」
板倉先生はそう言うと教卓の前に立った。
慎悟はいったんため息をついて席に着いた。
この学校は創立47年。学校としてはそんなには古くないほうなのだ。校庭のグラウンドは一周200メートルの土。その狭い校庭では放課後になると野球部とサッカー部と陸上部の三つの部活が使っている。
校内は四階建ての校舎と体育館がある。校舎の1階には理科室、家庭科室、被服室、職員室と会議室がある。2階には一年生の教室と音楽室、3階に二年生の教室と生徒の相談室、4階には3年生の教室とPCルーム、図書室がある。校舎と体育館にはそれぞれ屋上がある。
各クラスの様子はほかの中学校と変っているところは特にない。一クラス30人。ごく普通の学校だ。
慎悟は机に顔をつけてこれからどうするべきかを考えた。
この仕事は板倉先生の父親の病気が治り、先生が帰ってくるまで続く。あるいはビートが捕まるか、自分の正体を告白してこの学校から政府の調査官が消えれば終わるのだ。
慎悟はため息をついて板倉先生を見た。今日の予定を話している。
「今日はみんながずっと前から楽しみにしていた日だな。今日は午前中で学校はおしまいだ。昼食は出ないからちゃんと家に帰って食べるように」
『せめてもの救いだな・・・』
慎悟はそう思った。
慎悟にとって一秒でも学校からおさらばできれば凶悪犯だろうがゴジラだろうが大歓迎なのだ。
「さて。今日から何日か先生は学校を留守にします。お父さんの具合が悪いんだ。今日から会計の先生が学活に出てくるから」
「さびしい〜」
慎悟は席の前のほうを見た。真ん中の列の一番前の女子がそう言った。
「俺もだよ〜〜〜」
板倉先生がその女子を見て笑いながら言った。
『和気あいあいとした指導方針なんだね』
慎悟はそう思った。
「じゃあ、これまで。一時間目の用意をして待っていなさい。日直、お願いします」
「起立、礼」
今日の日直の子が号令をかけた。
板倉先生が出て行こうとする。
慎悟は慌てて追いかけようとしたが前にたくさんの生徒が、立ちはだかった。
「こんにちは。私、狩野美香ね」
「私、千明裕子」
「私は萩原茜」
いきなりたくさんの生徒が自己紹介をしてきた。しかも全て女子だ。
無理もないかもしれない。慎悟は変装しても、とてもかっこいい。教室に入った時点で女子生徒のほとんどのハートを射抜いていた。
「あ〜、よろしく・・・」
慎悟は板倉先生に用があるのだが、3年1組の女子生徒全員が慎悟に我先にと自己紹介をしようとして慎悟は前に進めない。なかには握手をしようとする子もいる。
慎悟は時計を見た。後一分で一時間目が始まってしまう。二十秒で板倉先生に追いつき、二十秒で話をして、二十秒で戻ってくる。そのなかにこの生徒の壁を通り抜ける時間はない。
慎悟は生徒の顔を見回した。みんな楽しそうな笑顔で慎悟に自己紹介をしている。慎悟も仕方がなく笑った。
もう一度、生徒を見回して気づいた。男子が一人も自己紹介に来ないで部屋の隅でこそこそ何かを話している。たまに慎悟をちらちら見ている。
いまいましい・・・。
慎悟はそう考えた。


 初日の授業は数学、英語、理科、体育の順で体育が終わり次第、明日の連絡等を先生から言われてお終いだった。
 慎悟にとってこの四時間は、以前学校で通っていたときに得意とした教科がそろっていた。 レベルも中学生レベルだったので、東京大学にストレートで入り、飛び級制度(スキップ)で卒業した慎悟にとっては得意だった。
 一時間目では数学の小テストがあった。2次関数の利用だ。慎悟はテスト用紙を見た時点で答えは頭の中の掲示板に張り出されていた。
 ただ、慎悟は異常にこの2次関数を懐かしがり、そして感動していた。
「2次関数でこんなことも求められるんだ・・・」
 ボールを真上に投げて、4秒間で何m落ちてくるのか、時速八十キロメートルの車の制動距離を、立て続けに解いた慎悟はこう思った。
 中学生以上で2次関数の解き方を思い出せない方がいたら、ぜひ思い出して欲しいと。
 テストがまわりの生徒よりもだいぶ速く終わった慎悟は周りを見回してまだ誰も解けていないのを見ると軽い優越感にひたっていた。
 二時間目の英語ではALTの背の高い男の外人と東大生レベルの会話をかわしていた。 ちなみにALTの意味はAssistant Language Teacher。つまり外国語指導助手だ。 二人はすぐにアメリカのラップ歌手のDMXの話で盛り上がった。
 理科では天体についての実験だった。慎悟に言わせると、天体は得意だが理科で一番つまらないと言う。実験と言っても知識を頭の中に入れるだけの実験だ。太陽の年周運動によって夏に見える星座は今どこにあるかなどだ。
 慎悟は天体についての知識は一通り頭の中に入っているので先生の質問には積極的に手は上げたがつまらなそうだった。
 4時間目の体育はこの学校始まって以来の大波乱となった。球技で卓球、バスケットボール、バレーボールの三つの中から毎時間一つを選ぶのだ。慎悟はこの日はバスケットボールを選んだ。
 4時間目までで、慎悟はクラスの生徒に、勉強ができる人、というイメージが定着してきていた。だが、4時間目でそのイメージが変更された。
 背が低いので、バスケットでは役に立たないだろうと、ほかの生徒に思われていたが、慎悟のシュートは見事なほどにゴールに入っていた。背が低くても背の高い敵のボールをスリのように奪い、敵の群れの中を素早いフットワークですり抜ける。ダンクシュートを五回連続で決めた時は、全員が拍手をしていた。
5 分で慎悟のイメージは成績優秀、スポーツ万能、才色兼備のイメージがついていた。


 「お〜い。慎く〜ん」
授業が終わって、慎悟がかばんの中に一日の教科書をまとめて入れていると後ろから声がした。この日で一番仲がよくなった。風上創次だ。
 青くて四角いめがねをかけている。いつもニコニコしていて見た瞬間に友達になれると思えるような子だ。
慎悟は彼になぜか懐かれている・・・というか、昔からの知り合いのような感じですぐに話せた。彼は慎悟と同じ位の身長で、慎悟が一番大嫌いな身長の人種差別について関係なく話せるからかもしれない。
「ちょっと遊んでいかない?」
創次の頼みは魅力的でもあり、少し断りたい気持ちもあった。
慎悟は仕事を終わらせて、とっとと帰りたい気持ちもあるのだが、反面、久しぶりに自分と同い年の子供と触れあるチャンスができたのでうれしいのだ。
「いいよ」
慎悟は悩んでからそう答えた。
今の慎悟にとっては同じ年齢の友達と遊ぶことが何よりも楽しいのだ。
「じゃあ、行こう」
そういって創次はスタスタと歩いていく。慎悟もそれに続く。
「学校で遊ぶの?」
「うん。放課後はほとんどの部活が弁当持ちで来て、放課後は部活をするんだ。だから今日は2時ごろまで学校は開いてるよ」
そういって彼は体育館へ通じる渡り廊下を渡った。
「体育館で何するの?」
「あとでみんなが言うよ」
体育館に入ると3人の生徒がステージに立っていた。
「あのさ、念のため聞くよ」
「なに?」
慎悟が用心深く周りを見回してから言った。
「まさか、転校生に集団リンチするなんて事はないよね?」
「まさか」
創次は笑って答えたが首筋に汗が浮いてくるのを慎悟は見逃さなかった。
「まあ、なんでもいいけどね」
慎悟がそう言うと創次は大きく息をはいた。
慎悟は集団リンチをされたとしても勝てる自信が十二分にあったからだ。
「はじめまして。3年2組の泉谷だ」
ステージのほうに行くと背の高い生徒が慎悟に挨拶をしてステージから飛び降りて握手を求めた。
「はじめまして。転校生の長瀬慎です」
慎悟が笑顔で握手に応じると泉谷も笑った。ほかの二人はじっと慎悟を見ている。
「さて。創次からJHSのことは聞いたかな」
「へ?」
泉谷の質問に慎悟が、意味がわからないと言う顔をする。
「中学校(Junior high scool)の略かい?」
慎悟が聞くと泉谷はため息をついて創次を見た。
「ちゃんと説明をしてから呼べと言っただろう」
「はい・・・」
創次は泉谷の言葉にうつむいて答えた。この状況は昨日の慎悟と両刃の状態に似ている。
「中学校なんかと一緒にしないでくれ」
泉谷はこの言葉を言うとき、吐きそうな顔をした。
「JHS。つまり、Justice Hold Studentsだ」
「・・・」
慎悟は無言だ。どう反応していいのかよくわからないのだ。
「どういう意味かな?」
慎悟は迷ったあげく、それだけ言った。
「公平を保管する生徒たちと言う意味だ。これは俺たちのチーム名だ」
慎悟にもそれはなんとなくわかっていた。
「そういう場合の保管するっていうのはkeepを使ったほうがいいだろう」
慎悟のアドバイスに泉谷は首を振った。
「だめなんだ。俺はこれを中学校という敵に対して結成したチームなんだ。だからそのあてつけとしてJHSを使ったんだ」
「・・・」
慎悟はまた無言だ。なんとなく井上ひさしの「偽原始人」という本を思い出した。
「これは現代の大人への俺たち中学生からの挑戦状だ。自分の子供の意思を尊重させずに大人の勝手で子供を育てる。俺たちはそんな中ら抜け出した秘密組織だ」
慎悟は頬をつねってみた。自分が夢でも見ている気がしたからだ。
「あー・・・。すごいね・・・」
慎悟は無感情な声で言ったので泉谷は腕を組んだ。不満がありそうだ。
「何か不満があるのか?」
「べつに」
慎悟は頭をかきながら言った。
「で、それがどうしたの?」
「よく聞いてくれた」
慎悟の質問に泉谷はうれしそうだ。
「創次から聞いたけど君は勉強ができるそうだね」
慎悟がうなずく。
「スポーツもできるようだ」
慎悟がまたうなずく。
「我々はそんな文武両道の少年を捜して、組織の仲間に入れようとしているのだ」
慎悟が頭をおさえた。ひどい頭痛がしている気がしたからだ。
「入ってくれないか?」
泉谷が慎悟に顔を寄せる。
ステージに上っていた二人も今は慎悟を囲んでいる。
「あー・・・」
慎悟は考えた。今自分がするべき事を。
政府の人間からの生徒全員の警護と合わせてビートの確保。
慎悟もこの学校にビートがいるのではないかと考えている。だとしたらこの学校でいろんな情報収集をするためにはこの変人たちの仲間になるのも悪くはないだろう。
「いいよ」
慎悟の言葉に泉谷たち四人がこぶしを突き上げた。これが彼らにとっての喜びなんだろう。
慎悟は本気でこの学校に来たことを後悔し始めた。
「じゃあもういい?」
慎悟は頭痛がひどくなってきたので帰りたくなった。
「何を言っているんだい?これからだよ」
『はぁ・・・?』
「これから入会試験がある」
慎悟はいい加減、こいつら全員を殴って逃げようかと思った。
「これから四階の図書室まで行ってある本を持ってきてもらう。それだけだ」
「あっそ・・・」
慎悟はとりあえずそう言ったがそれだけじゃないのはなんとなくわかっているようだ。彼らは変人だが、頭が悪いわけではなさそうだ。慎悟は彼らを見ていてそう感じた。
「なんて本をとってくればいいんだ?」
慎悟がそういうと泉谷は一枚の紙をポケットから出して慎悟に渡した。
【マルクス・エンゲルスによる空想哲学 初版第一刷 】
「これだけでいいの?」
慎悟が聞くと泉谷はうなずいた。
慎悟は一度ため息をつくクルリと後ろを向いて歩き始めた。
慎悟はやる気は人一倍無いが、責任感は人一倍ある。今の慎悟は仕事をやりぬくと言う責任感だけで動いていた。
「がんばってくれ」
後ろで泉谷の声がしたが慎悟は振り向かずに歩き続けた。
渡り廊下を渡り、校舎へ入る。校舎の中はもう人気が無かった。半日で授業が終わりという日は珍しいのでみんなさっさと帰ったのだろう。
下校のアナウンスが流れてから生徒が持ってきたCDが流れる。CDは『ブラック・ダイヤモンド』のサウンドトラックCDだ。曲はMy Life。
図書室は四階なので階段を上る。慎悟はイライラしながら壁を拳で叩きながら上って行った。そして二階についたとき、慎悟は何かの気配を感じた。


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