第4章
ハプニング


  片水探偵事務所の三階。慎悟の家のダイニングで慎悟は両刃ににらまれていた。
「まったく。ビートに会っておいて逃がすというのはどういうことかな?」
文章では軽く書いてあるが言われている慎悟は何も言えない。
「いや、とっさのことだったからさ」
慎悟は適当に言い訳しようとしたが、
「事情は全て知ってるんだ。刑事にも、お前とビートが向かい合っているところを見た男にも事情は聞いた。ビートが逃げたのに何もしなかったそうじゃないか」
あのオタクやろう・・・。
慎悟は頭のなかで自分が丑の刻参りをしているところを想像した。
「でも何でビートを追いかける必要があるの?」
何も知らない麗菜が対面式のキッチンで夕食の用意をしながら聞いた。
「このあいだ政府の調査官が来ただろう」
両刃が慎悟から目を離さずに言った。
先日、ビートが事件を解決した次の日に政府調査官が来たのだ。
「あれは慎悟にビートを捕まえるように指示するために来たんだ」 
「なんで?」
「政府の力だけじゃ捕まえられないから慎悟に依頼したんだ。政府はビートの力がほしいんだ」
「それで血相変えて追いかけていったのね。人の事ほうっておいて」
麗菜が慎悟を咎めるような目で見て言った。
「俺は政府の指示に従ったまでだ」
慎悟は自信満々に言うが両刃の冷たい目に一睨みされるとおとなしくなった。
「とりあえずそのテーブルにのっている紙の山をどかしてくれる?料理が置けないんですけど」
麗菜がモコモコした手袋をして、鍋を持ちながら言った。
両刃がわざとらしくため息をついた。
「とりあえずこの事は後で報告書に書いてじっくり読ませてもらおう」
両刃はこう言うが、両刃は慎悟から提出された報告書は全て最後まで読んだことが無い。両刃は慎悟を咎めはしたものの怒ってはいない。
ただ、咎めたことで二度と失敗が無いようにするためだ。
両刃がテーブルの上に散らかった紙の山を片づけ始めると慎悟が声をかけた。
「両刃・・・」
慎悟がうつむきながら言った。
「なんだ?」
両刃は紙の山を片付けることのほうに集中していて慎悟のほうを見ない。
「ごめんなさい」
慎悟がそう言った瞬間、両刃の腕が止まった。
麗菜は慎悟の言葉を聞いていて思った。今のはまだ、14歳の少年が言う「ごめんなさい」の声だ。そのごめんなさいには両刃に怒られて反省している気持ちがこもっていて、謝られたほうも申し訳なるような声だ。
「反省すればいい。次は逃がすな」
そういって両刃は紙の山を脇に抱えると帰ろうとした。
が、
「夕食ぐらい食べていきなさいよ」
という麗菜の言葉に止められた。


 「おまえは料理が得意だったんだな」
両刃が、麗菜が作ったボルシチを食べながら言った。
「何言ってるのよ。今朝だって私の料理食べたじゃない」
「あんな家庭料理はたいてい誰でも作れるだろ。だがこれはいきなり何も見ないで作れるような料理じゃない。作っている最中おまえは何も見ないでこれを作っていただろ」
両刃は慎悟に説教しながらもキッチンのほうを見ていたのだ。
「慎悟も幸せだな。こんなうまい料理を毎日食べられるとは」
両刃は心からそう思っていった。
「ほとんど麗菜が食ってるんだけどね・・・」
慎悟がボソリと言った。
「じゃあ、おいしい料理食べさせてあげたから一つ聞かせて」
麗菜がフォークを置いて言った。
「答えられないこともあるからそれを考えて聞いてくれ」
両刃もフォークを置いて言った。
「あんたの年齢っていくつなの?」
麗菜がそういって右手を握って頬に当てた。
慎悟はフォークを置いてそんな麗菜を見ながら「かわいいな」と思った。
両刃は麗菜をじっと見てから、
「教えられない」
と、一言だけ言った。
「どうしても教えられないの?」
麗菜がポーズを崩さずに言った。
両刃がうなずく。
麗菜はそんな両刃をじっと見てからため息をついて言った。
「まあ、人にはどうしてもいえない秘密っていうのがあるんだよ」
両刃がナプキンで口を拭きながら言った。
麗菜はまだポーズをくずさない。
「いつか教えてやるよ」
両刃は立ち上がると麗菜を見た。
「俺の年齢を知りたいならもっと勤労意欲を俺に見せることだな。じゃなきゃ俺の年齢を知ることなんて一生不可能だ。ごちそうさま」
そう言って両刃は出て行った。
「慎悟・・・」
麗菜が、両刃が出て行ったドアを見つめながらキッチンに水を取りに行った慎悟に言った。
「なに?」
慎悟が麗菜を見ていった。
「両刃の年齢教えてくれなかったら一生口を聞いてあげないって言われたら教える?」
麗菜はじっとドアを見つめている。
慎悟はそんな麗菜を細い目で見てから考え始めた。
慎悟の頭の中では今唯一の血がつながった姉を選ぶか、有能で今までずっと自分の面倒を見てくれた両刃を選ぶかとても悩んでいるのだ。
「教えないと思うな」
慎悟はしばらくしてからそういう結果を口にした。
その言葉に麗菜が勢いよく慎悟を振り返った(あまりにも勢いが強かったので麗菜は首を痛めた)。
慎悟ため息をつくと麗菜の後ろに行き、首に手を当ててなでてあげた。
「私でも教えてくれないの?」
麗菜が慎悟の目を見ていった。その目は姉でも教えられないのかと聞いている。
だが慎悟は麗菜の目をていないので気づかない。
「今朝も聞いたかもしれないけど、両刃は何歳に見える?」
慎悟が麗菜から離れて、電話が置いてある棚の引き出しから湿布を出していった。
「どう見ても三十はこえてるわね。三十代後半くらいかしら」
「なるほどね」
慎悟が湿布を麗菜の首に貼ると麗菜の向かいに座った。
「なんで三十歳に見える?」
「顔の彫りが深いし、無口だし、筋肉質だし、堤真一に似てるから」
「つまり見た目だな?」
慎悟の言葉に麗菜がうなずく。
「麗菜。探偵という職業では見た目だけで判断をするというのは命取りになるんだ。わかるか?」
麗菜が首ひねる(ギャッ、と叫んで首を押さえた)。
「たとえば、この間沖縄に一緒に行った刑事の木古内がいるだろ?」
麗菜がうなずく。
木古内と言うは警視庁捜査一課の刑事だ。名前は木古内城。顔立ちはよく頭もキレるのだが、どこかおかしいのだ。性格が悪いと言えばいいのだが、尋常ではなく、いつでも自分が一番と思い、慎悟に対して敵対心を持っている。だが、その反面ものすごくやさしい部分があるのを慎悟は知っている。
木古内は麗菜に会って一目ぼれをして沖縄でストーカー行為をし、東京に戻ってきて麗菜にプロポーズしたのだ。結局はフラれた。
「あいつの顔はいい」
麗菜がうなずく。
「だが性格が悪い」
麗菜が激しくうなずく。
「それが人は見かけによらないと言うことだ」
麗菜が納得したように手を叩く。
 著者の意見だが、この説明でしかわからない麗菜はある意味かわいそうだと思う。そして知らないところで勝手に変人扱いされた木古内もかわいそうなものだ。
「で?」
麗菜が聞く。
「で?って?それで終わりだよ」
「何でこのタイミングで人は見かけによらないなんていうの?」
「鈍いな・・・」
慎悟が大きくため息をつく。
「つまり両刃は見かけより年をとっているかもしれないし、ずっと若いかもしれないって事だよ。大学で言語について学習してたんだからこれくらいわかってくれ」
慎悟にあきれた目で見られた麗菜は、フンと鼻を鳴らして料理を片づけ始めた。
そのとき電話が鳴り始めた。
「出るよ」
麗菜が電話に向かおうとするが慎悟が速かった。
『もしもし。慎悟さんですか?』
「ああ。その声はリーか?」
『ええ。じつは今朝の依頼人から電話がありました』
「なんだって?」
『依頼人の父の病気が悪化したので明日には九州に出発しなければならないそうです』
「で?」
慎悟はリーがこの後なんと言うかはわかっていた。ただ、現実を受け止めたくないから一応聞いたのだ。
『明日から学校に来てほしいそうです』
やっぱり・・・。
慎悟はそう思って、すぐそばのドアを開けてリビングのソファーに適当に置かれている天然学校の制服を見た。
『慎悟さん、聞いていますか?』
リーが返事のない慎悟に聞いた。
「手続きは済んだのか?」
慎悟は転校ということで学校に行くことになっているので転校などの手続きがあるのだ。
慎悟は今朝の依頼人と一緒に天然学校の学校長、学年主任、先生、PTA会長など全てをだまして、普通の中学生として変装をして学校に行くのだ。なぜだますのかというと、依頼人が天然学校の学級方針に賛成できないのでその復讐だそうだ。
ただ、慎悟はそういう難しくて面倒で、なおかつ賛成できないから復讐をするなんていうことが嫌いなので、最初から学校など行きたくないのだ。
『手続きは全て済みました。今日は一人しか依頼人が来なかったので手続きだけしてしまったんです』
リーは、仕事を立派にやってのけた達成感でうれしがっている。
慎悟は一秒ほどでリーに対するいじめを百ほど頭の中に考えた。それだけ今は慎悟にとってリーが憎いのだ。
「わかった。明日からだな」
慎悟は意地悪な心を何とか押さえ込んでリーにそう言った。
「ところでリー、おまえは今どこにいる?」
『どこって事務所ですけど・・・』
慎悟はそういわれて時計を見た。7時8分。
「リー、片水慎悟探偵事務所の営業時間は何時までだ?」
『6時半です』
「じゃあ全ての所員の勤務時間は?」
『それも6時半です』
「今はすでに7時をまわっている。残業は全て自宅でやるのが規則だ。それなのになぜおまえは事務所にいるんだ?」
『いや、その・・・』
リーは返事に困った。
「俺が今から事務所に行く。それまでに事務所から出ていなかったらおまえを全国指名手配するぞ」
一見冗談に聞こえるが、慎悟にはそれだけの権限があるので真面目に言っているのだ。
『はい・・・』
リーはそういって電話を切った。
慎悟も受話器を置いた。
「なんでそんなに勤務時間にこだわるの?」
麗菜がキッチンで皿を拭きながら言った。
「別に・・・」
慎悟はそう言って部屋を出て行こうとしたが、
「自分の皿は自分で片づけましょう」
と言う麗菜の言葉を思い出したのでキッチンに言って皿を洗い始めた。
「別になんてのじゃすまさないから。なんでそんなに勤務時間にこだわるの?」
「俺は家庭を大切にしてほしいんだ。所員にはリーのような20歳代の若い所員もいれば、会社をリストラされて途方にくれていたところで入所した50歳代の妻子持ち所員もいる。後者にはしっかり家庭を大切にしてほしいんだ。だから仕事は早めに終わりで残業は全て家でやる。そうすれば家族と一緒にいる時間が多くなるだろ?」
「でもリーは一人暮らしよ」
「一人でも規律を破ったらみんなが破ってもいいことになってしまう。だからリーにも両刃にも厳しくしているんだ」
「私は?」
「同棲だといくらか甘くなっても仕方がないんじゃないかな」
「同棲じゃないでしょ」
麗菜がクスクス笑いながら言った。
「まあなんにしても一緒に住んでいればいくらかは甘くなっても仕方がないだろ」
「そうね・・・」
麗菜は笑った。だが、その目の中には少し悲しみが含まれている気がした。麗菜には姉だから甘くなっているのだと言う気がしたのだ。
「さあて。明日からは早起きだ。学校には一番で行ってやる!」
「・・・なんで?」
「俺の楽しみだ」
慎悟の行動はほとんどが謎なのだ。


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