第二章
病気

「大丈夫か?」
慎悟が汗だくでソファーの上で眠っていた両刃に声をかける。
「・・・慎悟か?」
両刃が声を出そうとするがのどがカサカサに乾いていて声が出ない。
慎悟がその様子を見て部屋に置かれている冷蔵庫から水を取り出して両刃に渡す。
両刃がペットボトルの口を開けてのどを鳴らして水を飲んだ。
ここは片水慎悟探偵事務所の二階の慎悟の部屋だ。両刃は散らかりっぱなしの慎悟の部屋を徹夜で掃除したので慎悟の部屋に泊まったのだ。
「掃除する、って言えば手伝ったのに」
慎悟が部屋を見回してから言った。
「おまえがいたところで何の足しにもならない」
両刃が飲み干したペットボトルをつぶして言った。両刃は、このペットボトルが慎悟だったらいいのに、と思った。
「ところで、なににうなされたんだ」
慎悟が、両刃が寝ていたソファーが汗でびっしょりなのを見ていった。
「・・・夢にうなされていた」
「それはわかる」
慎悟が目を細めて両刃を見て言った。
「一リットル近くも汗をかくなんて並みの夢じゃねえだろ?」
「・・・ほっとけ」
両刃はそういって腕時計を見た。
AM 6:30
「寝すぎたな」
「そうでもないだろ?」
「こんな朝早くなにやってるんだ?」
両刃が窓から外を見てまだ暗いのに驚いた。もうこんなに日が短くなってきているのだ。
「電話が来たんだ。ついさっき。内密の依頼があるんだとよ」
「そうか。飯は食ったのか?」
「今、麗菜に作ってもらっている」
「わかった。ところで内密な依頼って言ったか?」
「ああ。依頼人は男。だが、声音は高かったな。とても礼儀正しかった」
「礼儀正しかった?」
「ああ。自分が王様にでもなったかと思ったくらい」
「ふ〜ん」
いつでもそんな気持ちのくせに。
両刃はそう思ったが黙っていた。
ガチャ
部屋のドアが開く。
「おはようございます」
リーがねぐせだらけの頭をかきながら言った。
「おまえは最近だらしなくなってきたな」
両刃が窓から離れてリーの前に来た。
「こんな朝早く呼び出されるとは思っていなかったんで」
リーがチラリと慎悟を見る。
慎悟はその視線から軽く逃げてデスクに座った。
「とりあえず二人とも顔を洗って来い。だらしなさ過ぎるぞ」
「いつものおまえよりはよっぽどしっかりしていると思うが」
両刃とリーが同時に小さい声で言ったが、慎悟は綿が落ちた音でも聞こえる耳を持っているのでおもいっきりにらまれた。
「行こう、リー」
両刃はそういって出て行った。
「おはよう、二人とも」
部屋から出ると麗菜が一階から盆に料理を持って上ってきた。
「ご飯食べてないでしょ?あんたたちの分も作ってきたから」
「すまない」
「すみません」
両刃とリーが同時に頭を下げる。麗菜はそんな二人を見て、
「あんたち双子じゃないんだから少しは行動をずらしなさいよ」
そういって麗菜は慎悟の部屋の中に入っていった。
「べつにそんなつもりはないんだがな・・・」
両刃はそう言うと洗面所に向かった。
「最近顔色が悪いですよ」
リーが両刃の隣で顔を洗いながら言った。
両刃はそう言われて鏡を見る。たしかに顔は青白く、目の下にはくまがある。
「寝られないんですか?」
リーが両刃の顔を見て言った。
「寝られないわけじゃないんだが・・・、寝てもすぐおきてしまう」
「僕の日本語が間違ってなければそういうのも寝られないって言うと思うんですけど」
リーがもう一度言うと両刃はうなずいた。
「人間が眠れないのは心に問題があるのがほとんどだそうですよ」
「つまり?」
「何か隠し事とかあるんじゃないんですか?」
両刃はそう言われて考えた。確かにそのとおり、言わなければならないことがある。
「僕でよかったら聞きますけど」
リーがにっこりして両刃を見る。その笑顔は両刃と違って屈託が無く誰でも引き寄せられるようなきれいな笑顔だ。
だが、その笑顔は両刃にだけは通用しない。
「隠し事なんか無いよ」
両刃はそういって顔に水をたたきつけるとタオルで顔を拭いて慎悟の部屋に戻った。
部屋の中では慎悟と麗菜が義理の姉弟喧嘩をしていた。ただし、今そんなことを考えているのは両刃と麗菜だけだろうが。
「なんでこんな朝早くに仕事受け付けるのよ?まだ営業時間じゃないでしょ?」
「向こうの都合に合わせてやったほうがいいだろ」
慎悟が玉子焼きをきれいに四等分にしながら言った。
「でも、慎悟の都合で起こされるとすごく不機嫌になるんだけど・・・」
麗菜が慎悟のぼさぼさ髪を見ながら言った。
「ストレスがたまってるんじゃないか?最近ほとんど出かけてないから」
慎悟が麗菜の顔を見る。その顔には少し疲れが見えた。
「おまえはプライベートが全然充実してないからな」
「ほっといてよ」
麗菜が慎悟から目を離すと両刃とリーが入ってきていたのにやっと気づいた。
「ご飯できてるわよ」
「ああ」
両刃はそういってソファーに座ると朝食を食べ始めた。
「両刃、今度みんなで出かけようじゃないか。麗菜がぴりぴりしていると落ち着かないんだ」
慎悟の提案に両刃は考えた。三分ほど両刃は黙ってから、
「却下」
とだけ言った。
「なんで?」
慎悟は納得いかないという顔で両刃を見た。
「出かけるところなんか無い」
「どこでもいいんだよ。遊園地でも動物園でも」
「じゃあ、麗菜に聞け」
両刃はあの夢のせいでとても疲れていた。体は重く、箸を口まで運ぶだけで疲れる。だからこんなことを話して体力を消耗したくないのだ。
「私は動物園が良いな」
麗菜が盆を置いて言った。
「じゃあ、今日行こうじゃないか」
慎悟がそういうと両刃が反論する。
「何で今日なんだよ」
「思いたったが吉日。これからくる依頼人が急ぎのようじゃなければ今日行こうぜ」
「俺は行かない。リー。今日は麗菜から目を離すなよ」
両刃はそういって箸をおいて部屋を出ようとした。
「両刃、食欲ないのか?」
慎悟が両刃の皿を見て言った。ほとんど手をつけられていなく、食べる前なのか食べた後なのかわからないほどだ。
「ああ」
「さっきの夢のせいか?」
「さあ」
両刃はそれだけ言うとさっさと部屋を出て行った。
「夢って?」
麗菜が、両刃が残した玉子焼きをひょいと自分の口に入れて言った。
「あいつ、ここに泊まってて、俺が来たときものすごくうなされてたんだよ」
「ふ〜ん」
三人は少し黙って、
「両刃って何歳なの?」
麗菜が言った。
「そういえば僕も知りません」
リーが慎悟の顔を見て言う。
「あいつの年齢は機密情報だよ」
慎悟は適当にごまかそうとしたが、二人に変な目で見られたため箸を置いていった。
「あんまり言うなって言われてんだ。だからいえない」
「でも、三十歳は超えていますよね?」
「ん、そうじゃない」
慎悟は適当に答えた。
「まあ、遊園地も動物園も行きたがらない年齢なのは確かだな」
慎悟はそういって箸をおいた。デスクに向かってパソコンの電源を入れると『自己医学』というプログラムを起動させた。これは「家庭の医学」をプログラム化したようなものだ。
「リー、さっき両刃と一緒にいてあいつは何か言ってたか?」
「なにか、って?」
「最近の出来事とか何でもいいんだけど」
「なにもいってませんでした。隠し事があるのかって聞いたらなにもないって言いましたけど」
「じゃああるな」
慎悟はそういって「見た目から判断する」という欄をクリックした。
「あいつはどんな症状が見られた?」
「ちょっと!まだ病気だって決まったわけじゃないわよ」
麗菜がパソコンの画面を見ながら言った。
「いや、病気だな」
一瞬で麗菜の意見を却下する慎悟。
「あいつとは長い付き合いになるけど、あんな疲れた顔は始めて見た。間違いなく病気だな。で、どんな症状があった?」
「顔色が悪かったです。目の下にくまがあったから寝不足じゃないんですか?」
「なるほどね。寝不足といってもちゃんと原因があるんだ。まあ、そのうちの大部分は容病気が原因で眠れないんじゃないけどな。不安から眠れないというのがよくあるそうだな。あと、たいてい年をとるにつれて眠れなくなるってのはあるみたいだぞ」
「そういえば昨日、めまいがした、って言ってたわよ」
麗菜が思い出したように言った。本当は言おうか言わないか迷っていたのだ。
「めまいか。それはなかなか有力な情報だぞ」
慎悟はそういうと「めまい」の欄をクリックした。
「あ〜、だめだ」
「なにがですか?」
慎悟が頭を抑えて大げさに言うとリーが興味を示してきた。
「あいつはもともと血圧の低いやつだから。なんか本能性低血圧な人はそれなりにめまいが起こることはあるそうだ。それからあいつ一昨日、やけざけしてただろ?」
「してましたね」
リーがあごに手を当てて言う。
「酒を大量に飲んだ後なんかはよくあるんだとさ」
「なんだ」
麗菜はちょっとがっかりしていた。なについてがっかりしていたのかは誰もわからない。
「なにについてやけざけしてたの?」
麗菜が慎悟に聞く。
「さあ・・・。なんか、付き合ってたら「伝えられない思い」とか「年の差が関係あるのか」とか言ってたな」
「あんな人でも恋するの?」
「べつにするだろ」
麗菜の言葉に慎悟が苦笑しながら答える。
「さっき、なんかだるそうだったわよね?」
麗菜がさっきの両刃を思い出しながら言った。
「そういえば、箸を運ぶのにも苦労しているように見えました」
麗菜とリーの言葉に慎悟は「だるい・疲れやすい」の欄をクリックする。
「おお!すごいぞ!」
慎悟が叫んだ。麗菜とリーが身を乗り出す。
「病気のために感じるだるさは、しばしば熱やむくみといっしょに起こる。いままでは同じことをしてもだるさを感じなかった程度のことでだるさを感じるのは異常。病気の始まりかもしれない、だってさ」
慎悟は両刃が病気にかかっていてなんだか楽しそうだ。
「ちょっとどうするの?」
麗菜が慎悟の顔を見る。
「あいつ、熱があったかどうかわかんないよな?」
慎悟がパソコンの画面をスクロールしながら言った。
「いちいち会うたびに体温なんか計ってられないわよ」
麗菜が腕を組んで言う。
「両刃さんはどこで寝てたんですか?」
リーが慎悟に聞く。
「そこの隅に置かれてるソファー」
慎悟が隅に置かれているソファーを指差す。
このソファーは麗菜が入所して、ソファーの趣味が悪いと言われ、いやいや買ったソファーで、慎悟はあまり気に入っていないのだが、両刃はよくこのソファーで眠っている。
リーがソファーに近寄ってみる。
「何でこんなに湿ってるんですか?」
リーがソファーに触って聞く。
「さっき寝てるときに汗をかいてたんだ」
「汗をかくって事は熱があるんじゃない」
麗菜が当たり前のように言って、慎悟とリーが手をたたく。
「ほかに症状があったか?」
「わからないです」
「私も」
リーと麗菜が手を組んで考え始めた。
「う〜ん」
今の慎悟は、普段依頼人の話を聞くよりも一生懸命両刃を心配している。
「でも、最近ですよね。あんなに顔色が悪いのは」
リーが慎悟の前に来て言った。
「ああ。毎年なんだよ。この時期が来るとあいつは悪夢にうなされ、顔色が悪くなる」
慎悟がキャスターつきの椅子でクルクル回りながら言った。
「どういうことですか?」
リーが身を乗り出して聞いた。
「おまえは両刃の目の奥をじっくり見たことがあるか?」
慎悟はまだクルクル回っている。
「いいえ」
リーが首をひねる。
「麗菜は?」
慎悟がクルクル回りながらバランスを崩して椅子から落ちた。そのまま備えつきの棚の角に頭をぶつける。
「そんなはっきりは見たこと無いわ。でも・・・」
「でも?」
慎悟が頭をおさえながら涙目で言う。
「なんか、どこか悲しそうなのよね」
麗菜の言葉にリーが首をひねる。
「今度ゆっくり両刃とお見合いでもしてみろ。よくわかるから」
慎悟はそう言って立ち上がった。
「あいつの目の奥にはとても暗い過去が映し出されてる」
「どんな過去です?」
リーが聞く。
「いつかあいつが教えてくれるだろう」
慎悟はそういうとまたクルクルと椅子で回り始め、その後、両刃についての質問には一切答えなかった。ただし、香港のアクション映画の歴史など不必要な質問になると延々語り続けた。


 一階の受付の裏のキッチンで自分が入れたコーヒーを飲みながら両刃はくしゃみをした。
「風邪をひいたのか、誰かに噂をされたのか・・・」
両刃は鼻をかんで言った。
両刃は無神論者で、地球上で起こる全ての現象を化学で証明できると信じる堅物男なのだで、本当は誰かに噂をれた、などとはまったく思っていないのだ。
ただ、彼は慎悟と仕事を始めてから五年間、一度も病気にかかっていないので風邪をひいたなどというのは認めたくない。だからそう言ったのだ。
「こんにちは」
玄関のドアが開くと同時に声がした。
両刃刃が慌ててすりガラスの向こう側に出ると一人の男が立っていた。両刃はすばやく観察した。
年齢は30代前半、身長は165くらいで小さめ。体重はやせていて軽そうだ。やせているというよりがりがりという言葉のほうが似合いそうだ。ただし、見ただけでなにか強い感じがする。
両刃は長年何人もの敵と闘ってきたためか相手を見た瞬間に強い、弱いをはっきりわかるようになった。それは心の強さも肉体的強さもわかることができる。
この男はどちらかというと心の強さのようだ。
顔は美形で、スポーツ刈りの頭に穏やかな目が印象的だ。
「電話をしていただいた方ですか」
両刃が聞く。
「はい。片水慎悟さんに内密の依頼があります」
「わかりました。ご案内します」
そういって両刃は応接室の前を通って階段を上った。男があとにつづく。
「こんなに朝早く来た理由をお聞かせ願えますか?」
両刃が前を見ながら言った。
「内密なので」
「理由になりませんね」
そういって両刃は慎悟の部屋の前に来ると男を見た。
「とりあえず言っておきます」
両刃の目は完璧な仕事人の目だ。
「まず、慎悟に対して「内密です」という言葉は使えません。それから慎悟にウソをついたところで無駄です。私が見破りますから」
そういって両刃はドアを開けた。
男が入る。


 「そういえば最近思いつめた顔してたわ」
両刃が入ってくる少し前に麗菜が言った。
「思いつめた顔?」
「ええ」
慎悟の言葉に麗菜がうなずく。
「そういえばしていました」
リーも同調する。
「う〜ん。じゃあ、心の病気か・・・。もしくはただの悩みか」
「どっちにしても話す必要があるわね」
麗菜は慎悟が食べた皿を片付けながら言った。
「とりあえず、そろそろ依頼人が来る時間よね」
「ああ」
そういって慎悟は憂鬱そうにパソコンの電源を切った。いかにも仕事より両刃のことについて話していたいという感じだ。
「両刃のことは後でわたしが聞いておくわ」
麗菜はそういって慎悟が座っている椅子の前に来て慎悟の頭をなでた。
「五年も一緒に仕事をしてるんだもの。心配するのも無理ないわ。でも、今は仕事をしなさい」
「じゃあ、おまえもしっかり仕事をしてくれ」
「してるわよ」
慎悟の反論に口を尖らせて麗菜が答える。
「人の頭を意味なく撫でるのは仕事なのか?」
慎悟は小さい声で言った。
「じゃ」
麗菜はそう言って慎悟の髪をグシャグシャにするとドアに向かった。
「動物園にいく準備をしていてくれ」
慎悟の言葉に麗菜が振り向いてにっこり笑う。
ガチャ
ドアが開いた。
両刃と一緒に男が入ってきた。
「慎悟、依頼人だ」
「ようこそ、片水慎悟探偵事務所へ」
そういって慎悟は立ち上がった。リーも慌てて立ち上がる。麗菜はドアが開いた瞬間にドアから三メートルほど離れた。慎悟は、麗菜が離れた速さが光の速さに匹敵していた気がした。
「はじめまして」
男が頭を下げる。慎悟も頭を下げて男の前に来る。そのあいだに慎悟は男を観察した。両刃と同じく、ガリガリだが、見ただけで心が強いということがなんとなくわかる。これはリーも、麗菜もわかった。
「リー、飲み物をもってこい。麗菜、おまえは皿を片付けて来い」
慎悟が二人に指示をする。
「え、でも・・・」
麗菜が何か言おうとするが両刃が手で制す。そして、黙ってドアの外を指差した。
リーが外に出て麗菜も外に出た。外に出たところで麗菜は両刃に、
「早くルールブックを読め」
と言われ、ドアを閉められた。
「なによ!」
麗菜はそういって皿をドアに向かって投げつけようとしたがリーに止められた。
「とりあえず行きましょう」
リーはそう言って階段を下りて行った。
「リーは両刃を怒ろうとしないの?」
「考えたこともないです」
「なんで?」
「ルールブックどおりにやっていたらなんか・・・、怒るのが間違っているような気がして」
「何が書いてあるのよ、ルールブックって?」
「読んでないんですか?」
リーが麗菜を見て言った。目があきれている。
「そんな目をしないでよ!あの本無駄に厚いじゃない!」
ルールブックというのは片水慎悟探偵事務所に就職したときに渡される仕事上のルールが書かれているルーズリーフだ。ページ数は611ページ。総字数は25万だ。
「厚いことには厚いんですけどね・・・」
そういってリーは頭をかいた。そのことについて反論の仕様がないのだ。
リーは一階に来て受付の裏のキッチンに行くと、棚から紅茶の葉を出した。リーがカチャカチャとコップをいじっている隣で麗菜は皿を洗い始めた。
「で、ルールブックにはなんて書いてあるの?」
「自分で読んでくださいよ」
リーが明らかにめんどくさいという声を出した。
「今回だけ!」
麗菜がウィンクする。リーの顔が赤くなる。
「じゃあ言いますけど・・・。
 「依頼人が、内密の依頼がある、と言って来た場合は平の社員は依頼人の話は聞けない。聞けるのは片水慎悟、石神両刃の二人だけである。その間応接室に設置されている監視カメラの電源は落とす」
こんなようなことが書かれています」
「ふ〜ん」
麗菜は洗い終わった皿を拭きながら言った。
「リーってもしかして、あの611ページ全部を記憶してるの?」
「記憶力はあるほうなんです」
得意そうにも言わないリーだが、麗菜は尊敬した目で見た。
「そういえばリーのご両親って中国にいるの?」
「唐突過ぎませんか?その質問・・・」
リーがいきなりの質問に答えたくなさそうに言った。
「今まであんまりリーとプライベートについて話した事がないし、いい機会だから話しましょ」
「別にいいですけど・・・」
リーは何かいやそうだ。
「僕の両親は中国の藩陽市というところで暮らしています。暮らしはあまり裕福じゃないですが、父ががんばって働いているので今は心配ないんです。でもすごい働いているのでいつか倒れるんじゃないのかって心配しています。
父は僕に日本で大きくなれば中国でも大きくなれるって言われて日本に無理やり留学させたんです。それで今、僕はここで暮らしているんです。少しずつですがお金は送っています」
「へえ。武術はどこで身につけたの?」
「小さいころは体が弱かったので母が北京の体育学校の夏休みコースに参加させてくれました。それで何年か武術を続けて全中国武術大会で準優勝したんです」
「そんな経歴あるの!?」
麗菜が驚いた目でリーを見る。
「そんな目で見ないでください・・・」
麗菜がリーの体を品定めしている目で見ているとリーに言われた。
「で、日本で大きくなれたの?」
麗菜が皿をきれいに並べ始めて言った。
「慎悟さんと両刃さんの下で働ければ大きくなれたと言うのも過言じゃないんじゃないですか」
リーが紅茶をコップに注ぐ。
「中国でも慎悟は知られているの?」
「ええ。慎悟さんがクンフーを使っているのがテレビに流れて世界中でクンフーの人気が上がったそうです。それで中国にくる観光客の人数が増えました。」
「へえ。慎悟がやることでも影響力あるんだ」
麗菜が普段の慎悟を思い浮かべながら言った。
何もすることがない日は平日であろうと12時まで寝ている慎悟。
起きたら起きたで新聞読んでごろごろしている慎悟。たまにテレビで競馬を見ながら競馬新聞に赤丸をつけていることもある。
仕事よりも趣味、特に映画を優先する慎悟。見る映画はほとんどアクション映画だ。
「なんか世界中の人が慎悟に騙されている気がするんだけど・・・」
麗菜は家での慎悟の様子を思い出してリーに言った。リーも目をつぶってうなずいた。


 「へくしゅん!」
慎悟がくしゃみをした。慎悟が鼻をかみながら依頼人に謝った。
「ふみまへん」
鼻をかみながらなので言葉が変だ。
依頼人の名前は板倉守。ある中学校の教師だ。
「では依頼の内容は?」
両刃がメモ帳を片手に聞いた。
板倉は周りを見回すと両刃を見て言った。
「私の学校のボディーガードをやってもらえないでしょうか?」
「まただ・・・」
慎悟がつぶやく。
慎悟はこの仕事にあまり興味がなさそうだ。
「うちはボディーガード屋じゃないんですよね」
慎悟はグシャグシャの頭を直しながら言った。
「なんか、うちにはボディーガードとかの依頼がよく来るんですけど、うちは探偵事務所ですから」
慎悟の言葉に両刃も頷く。
「どうしてもだめでしょうか?」
板倉が聞く。
「残念ですが」
両刃がメモ帳を閉じながら言った。
「ビートがからんでいても?」
板倉の言葉で慎悟の耳がピクリと動いた。


 「おそいわね・・・」
麗菜がリーに受付で手相を見てもらいながら言った。依頼人が来てからすでに1時間は経過している。
リーは手相を調べたりもできる便利な人間なのだ。
「そうですね・・・」
リーはあいまいに答えた。麗菜の手相が今までに見たことのない感じなのだ。
「で、私の手相どう?」
麗菜が期待した目でリーを見た。リーはなんと言えばいいのかわからなかった。
麗菜の生命線は短すぎる。リーが間違っていなければ死んでいるかもしれない。
「・・・いいんじゃないですか・・・」
リーは適当にごまかした。それから、麗菜にあとで手の写真を撮らせてくれるように頼んだ。
「いいけど、なんで?」
「なんか、読み間違ってるかもしれないんで」
リーは体中から汗が吹き出た感じがした。
「なんか隠してるでしょ」
麗菜がそう言った時に二階から慎悟たちが降りてきた。
「それでは来週から捜査を開始しますので」
「ええ、よろしくお願いします」
そういって板倉は出て行った。
「ふー・・・」
慎悟は大きくため息をつくと受付の裏のキッチンに行った。
「どうだったの?」
麗菜が聞いた。
「なにが?」
慎悟は自分専用の大きなマグカップに紅茶をついで言った。
「どんな依頼か知らないけど引き受けるの?」
「一応ね」
慎悟はそういって紅茶を飲んだ。冷たくなっていたがとてもおいしそうに飲んでいる。
「麗菜、あとで二人で出かけるぞ」
両刃がそう言って二階に上って行った。
「私・・・?」
麗菜が自分を指して言った。
「デートだとよ」
慎悟が笑いながら言った。
麗菜がぽっかり口を開けたのを見て慌てて言い直した。
「冗談だよ。信じるな」
慎悟はそういって紅茶のカップを置いた。
「今度の捜査でいろいろ道具が必要になったんだ。おまえと一緒に探すんだとさ」
「私が必要なの?」
「さあ・・・」
慎悟は言葉を濁した。
両刃が麗菜を連れて行く理由は、夏の沖ノ鳥島の事件で麗菜が、自分が慎悟の姉だと知っているか聞くためだった。麗菜が慎悟の姉だと言うことは麗菜が入所した際に両刃は慎悟から聞かされていたので両刃は知っているのだ。
「まあ、デートに近いことには近いかもね」
そういって慎悟も階段を上って行った。
「どこ行くんですか?」
リーが慎悟に聞いた。
「もう少し寝かせてもらう。早起きは性にあわねえよ」
そういって慎悟はさっさと三階の家に行った。慎悟はすでに早起きをして麗菜と武術の練習をしていることを忘れているのだ。
「リー、両刃との買い物について行ってくれない?」
呆然と立ち尽くしていた麗菜がリーに言った。
「どうしてですか?」
「襲われるかも・・・」
麗菜の言葉にリーは目を細めた。そして麗菜を観察する。麗菜の目がうつろになっている。
やばいな・・・。
リーはそう思った。
・・・すでに手相において死んでいる人だからな。
リーは自分の手相占いに絶対の自信を持っている。
「ついていくことはできないんです。ついて行くべき場所なら両刃さんはちゃんとついて来いと言います。それに麗菜さんが考えているほど両刃さんはだらしなくないですよ」
リーはそういうと慎悟が使ったマグカップを洗い始めた。
「そうかなぁ・・・」
麗菜はいまいち両刃が信用できないようだ。


感想お願いします!(とことんけなすのやめてもらえますか^^)
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