13章 
バカと操縦士と姉と弟

       



AM 5:50
 沖縄のホテル。
リーは大きく息を吐いた。その息は達成感で満ちていた。
「できた・・・」
リーは徹夜で紅茶を作っていたのだ。
慎悟はただリーを沖ノ鳥島に着いて来させないための口実だけで紅茶のことを言ったのだが、本当に作っていたのだ。
その結果、仕事熱心なリーは、無駄な仕事とはまったく知らず、一晩でプロの料理評論家も舌をまく紅茶を作ってしまった。コーヒーを造る才能があるからできたのか、努力したのからなのか、それともただのバカだからなのかは誰にもわからない。


 「こんな天気で飛べるのか!」
慎悟はケンを背負いながらはしごを上りながら叫んだ。
「人間やってできないことは無い」
両刃は慎悟の手を引っ張ってヘリに乗せて言った。
一度勢いがおさまった雨がまた強くなった。
すでに雨はヘリのフロントガラスを突き破るのではないかと思わせるほどの勢いで降っている。風はヘリを流そうとしてビュービュー吹いている。
沖ノ鳥島を囲んでいる炎はそのままにしておいた。すでに波の高さがテトラポッドを乗り越えていて、放っておいても勝手に火を消してくれそうだ。それでなくても雨ですでに消えかけている。
「消えるよな?」
慎悟が下で轟々と燃える火を見ながら両刃に聞いた。
「たぶんな。風の勢いで消えることもあるだろう」
両刃はそう言ってヘリのドアを閉めると操縦席に座った。
「Mr(ジョン・). John(クルーズ) Cruese(さん).」
両刃が助手席で顔を青くしている操縦士に言った。
「Don(心配)‘t(す) worry(するな).I(オレが)‘ll(おまえを) help(手伝って) you(やる。).」
両刃はそういってカチャカチャいじりはじめた。
慎悟はそれを見ると席で毛布をかぶっている月島の隣に座って自分も置いてあるタオルを手に取って頭を拭き始めた。
「すまなかったな。お前のことで注意してなくて」
慎悟はそう言うと椅子の上で寝かされているケンの頭をごしごしと拭いた。それでもケンが起きる気配はまったく無い。
「何で助けたの?」
月島がしばらく黙ってから言った。
「こいつをか?」
慎悟がケンを指差して言った。
「そうよ!なんで助けたのよ!あなたの両親を殺したのよ!」
「言っただろう。オレたち探偵は少しでも多くの人を助けるために存在している。あのとき、あのままケンを放っておいたらケンは死んでしまった。人を殺しておいてこの先少しでも多くの人を幸せにすることができるか?」
「できるわよ!この男は死んで同然なんだから!」
月島が慎悟の顔を見て言った。今すぐにでも慎悟をひっぱたきそうだ。
「それは無いだろうな」
慎悟は月島の顔を見て月島の頬が切れているのに気づいた。ケンに蹴られたときについた傷だ。
慎悟はポケットからビショビショのハンカチを出して少し迷ってからしまった。
おいてあったタオルで月島の頬から出ている血をふこうとするが月島に手を撥ね退けられる。
「どうしてよ!なんで助けたの!」
慎悟は頭をかいた。理由は言ったのにまた月島は聞いている。精神状態が不安定なのかと、慎悟は考えた。
「ねえ。答えてよ!」
「答えるから少し黙れ」
慎悟が急にまじめな顔になっていった。。
「なによ、いきなり・・・」
「オレはケン・・・、オレの両親を殺したこの男を助けたからって無罪にするつもりは無いんだ。
麗奈、運命方程式って知ってるか?」
「は?」
「世の中の運命はすべて方程式で説明ができる。その方程式により、世の中の幸せは常に一定に保たれている」
「何を言っているの?」
「どこかで幸せになるはずの人が、幸せになれなかった。その分の幸せは、他の誰かがもらうことができる。
俺は、こいつに死んでもらっちゃ困るんだ。生きて、オレの親が苦しむはずだった分苦しんでもらって、幸せになるはずだった分こいつには幸せになってもらう。そうじゃなきゃいけないんだ。」
「でも・・・」
「反論するな」
「反論するわよ!」
月島が立ち上がって怒鳴った。
助手席でジョンが月島を見るが両刃に前を向かされた。
「慎悟はこの男にそうして欲しいのかもしれないわよ!でもご両親が生きていたらそう思わないかもしれないじゃない!私に言わせればこんなやつ死んで当然なのよ!」
「とりあえず座れよ」
熱くなる月島にあくまで冷たく返事をする慎悟。
「麗菜。おまえはこの男は死んで当然なんだな?」
「そうよ!死んで当然よ」
「おまえにそんなことを決める権利があるのか?」
月島が何か言おうとするが何もいえない。慎悟の言うとおり、誰にもそんな権利は無い。
「えらくなったもんだな、月島。おまえにそれを決める権利があるのか?」
「それは・・・」
「月島、もうやめよう。まだ何か言いたいのならあとで聞いてやるよ」
「でも・・・」
麗菜はまだ何か言いたそうだ。
「月島、オレがケンと話していた言葉がわかったか?」
慎悟が話を変える。
「英語はわからなかったわ。日本語のところはちょっと聞いただけでやめたわ。なんとかロープを切ろうとしたんだけど無理だったわ」
「そんな華奢な体じゃあな・・・」
慎悟が絶対に聞こえないような声で言ったが月島にはちゃんと聞こえていた。
「こんど体鍛えさせてよ!」
そういって月島は慎悟の頭をなでる。
「いいけど・・・。ところで、じゃあ英語の部分はほとんど聞いていなかったんだ?」
「ほんとんどどころじゃないわ、まったくよ」
月島はそういって伸びをした。
「私英語苦手なのよね。中学、高校と英語は3だったのよ。リスニングなんかまったくだめだったわ」
「あっそう・・・」
慎悟はそういってほっと胸をなでおろした。
もし月島に英語の内容がわかっていたらケンのことでまた言い争いをすることになるからだ。慎悟はそれは避けたかった。ケンとの戦いで疲れているのに今はそのことで体力を失いたくなかった。
「私少し眠らせてもらっていい?」
「ああ、オレも寝るつもりだから。運転は両刃に任しておけば心配は無いだろうから」
慎悟はそういって椅子の下に置いてある毛布をかぶって目をつぶった。すぐにスースーと寝息が聞こえてきた。
月島はそれを見て微笑んだ。そして窓の外を見た。すでに雨の勢いが弱いところまでヘリが来ていた。月島はじっと海を見ていた。しばらくして彼女の目から涙がこぼれた。