男がヘリコプターに立っている慎悟を見て男が口を開ける。 次の瞬間、男は胸ポケットから拳銃を取り出す。そしてドアに向かって撃った。 慎悟が慌ててドアを閉めようとして下に落ちた。三メートルも あったが慎悟は着地の瞬間にクルリと回り、ショックをやわらげた。 慎悟が立ち上がって男を見る。 「・・・」 男は無言だ。ただ銃を慎悟に向けている。 男と慎悟の間は約五メートル。 「If you killed me.(おまえが俺を殺しても、)」 慎悟が言った。 「I wll kill you ,too!(俺もおまえを殺す!)」 慎悟はそういってカンフーの構えを取った。 慎悟の目には計り知れない怒りがこもっている。 男は銃を握りなおした。 「It`s as clear as day that I‘`ll kill you.(俺がおまえを殺すことは決まっている)」 そういって男は引き金を引こうとした。 慎悟が動く。一瞬で男の目の前に来る。男が引き金を引く。 パン 銃弾が慎悟の左側をぬける。 慎悟が男の腕に蹴りをいれる。銃が吹っ飛ぶ。銃はテトラポッドの間に落ちていった。 慎悟のカンフー技が男を襲う。 だが、男はそれを全て片手でさばくと慎悟の腹に蹴りをいれた。 慎悟が宙を舞う。慎悟は空中でくるりと回りすたりと着地した。 男がためいきをついた。 「Why do you fight?(お前はなぜ闘う)」 男が聞いた。 「You don‘`t have to do it.Stop it.(邪魔をするな!いいかげんにしろ!)」 慎悟はそれ聞いてじっとしている。 なぜ闘うのか自問自答しているように見える。 「I have・・・(俺は・・・)」 しばらくしてから慎悟が言った。 「I have something to believe and someone to guard. So I`ll fight.Just like that. (おれには信じるものがあり、守るべき人がいる。 だから闘う。ただそれだけだ).」 慎悟の言葉を男は考えた。 「What are they?What are they for you?(それはなんだ?なんなんだ?)」 男が慎悟の目を見ていった。 「Something to believe is truth.Something to ruard is she.(信じるものは真実だけだ。守るべき人は、彼女だ)」 慎悟はそういって島の端で横たわっている月島を指した。 「Do you fight to guard your girl friend?You amuse me!(お前は自分の彼女を守るために闘っているのか?笑わせてくれるな)」 男が大声で笑う。 慎悟はそんな男を無表情で見てから月島を見た。手足を縛っているロープを切ろうとバタバタしていた月島が慎悟を見る。 「Did you say she is my girl friend?It`s you who amuseme!I don`t have to tell you about it .But I hate to be misunderstood!(あの女が俺の彼女だと?ふざけんな!お前に教える必要は無いが、俺は勘違いされるのが大嫌いだ)」 慎悟がそういってからゆっくり呼吸をしていった。 「She is my sister.(あれは俺の姉だ)」 その言葉で男の目が大きく開いた。 「What did you say!?(なんだって!?)」 「She is my sister.(あれは俺の姉だ)」 慎悟は繰り返した。 「ちくしょう!」 男が叫んだ。 慎悟の口がぽかんと開く。 「アメリカ人じゃないのか・・・?」 慎悟が聞いた。 「仮にアメリカ人でも日本語がしゃべれないということは無い」 男はそういってヘルメットを取った。日本人だ。 とたんに慎悟の頭を頭痛が襲った。 「まさか・・・」 慎悟が小声で言う。 五年前の父を殺した男と同じ感覚のある男。そして今。五年前の忘れはしない父を殺した男の顔と、自分の目の前にいる男の顔が同じなのだ。 「オレの名前はケン・ヤング。アメリカ人の父と日本人の母の混血だ」 慎悟は頭痛が激しすぎて聞き取れない。 「わけがわからねえ」 慎悟が言った。 「お前は誰だ!?」 「いっただろう。ケン・ヤングだ」 「ちがう・・・」 慎悟がつぶやく。 「おまえがオレの父を殺したのか!!!」 慎悟が頭を押さえていた手をケンに向けていった。 男は笑っている。 「ああ」 その瞬間慎悟の頭から頭痛が吹っ飛んだ。 「じゃあ、月島を誘拐した理由は・・・」 「言っていいのか?」 ケンが月島を見ていう。 月島はなんとかさるぐつわをとろうともがいている。 ケンが月島を誘拐した理由はただ人質としてだけで無く、慎悟と一番血のつながっている人間を人質に取るためだったのだ。 「まあ、あの女は殺す気だったがな」 ケンが月島をあごで差していった。 「五年前もな」 「五年前?」 慎悟は、ケンが言っている意味がわからない。 「五年前の高校の立てこもり事件は、あの女を殺すためだった」 ケンの言葉に月島がケンを見る。 「そんな。じゃあ・・・」 「話はここまでだ。そろそろ台風が来る」 風はどんどん強くなってきている。波は高くなり、二人のジャケットはバタバタと音をたてている。 「あのヘリは帰らないだろうな?帰りはオレが乗っていく予定だ」 この言葉の意味は、ケン以外は操縦士だけという意味でもある。 慎悟はヘリを見た。風の影響を少し受け、ゆらゆらと危なそうにゆれている。 「あのヘリはオレが借りたものだ」 慎悟が言った。 「おまえが乗るスペースには月島をのせる」 そういって慎悟ケンの顔を見た。その目には怒りの感情以外はなにもなかった。 両親を殺された怒り。 月島を殺そうとした怒り。 慎悟はケンを殺す気だ。 慎悟の感情は二つだけで、何者も寄せ付けないと思われた。 ケン以外は。 ケンはそんな慎悟を楽しそうに見つめている。明らかにこの状況を楽しんでいた。 「とりあえず、オレの計画は進行させてもらう」 ケンが言った。 「沖ノ鳥島の爆破か?進行するのは無理だろう?まだお前がいるんだ」 「一次はできる」 そういってケンはポケットからリモコンのようなものを取り出した。 「これがなんだかわかるな?」 そういってケンはリモコンのスイッチに指を当てた。 「待て!できるはずがないだろう!」 慎悟が手を前に出して言った。慎悟にはケンが本気なのがわかったのだ。 「一次だよ」 そういってケンはボタンを押した。 ドガーーーーン 島の周りで鈍い音がした。 コンクリートの地面がビリビリと揺れ、島の周りに置かれているテトラポッドが宙を舞った。その下から炎が飛び出てきた。 爆風が慎悟を押し倒す。慎悟がふせた。たまにある地震なんか比べ物にならないくらい強い。30秒ほど地面が揺れ、地震がおさまった。 慎悟が周りを見回すと島を囲んで火が燃えている。火の回りでは舞い上がったテトラポッドが落ちてきて、水しぶきを高々と上げている。 「これが一次だ」 そういってケンはリモコンにあるもう一つのボタンを指差した。 「あとはこれを押せば一瞬でこの島は消える」 慎悟はもう一度周りを見回し、今自分が置かれている状況を再確認した。 台風の暴風域に入っている島。 その島は円の形で燃えていて、円の直径は5メートル。 そして自分は両親を殺し、月島を殺そうとした男と炎の壁に閉じ込められている。 最悪だ。 慎悟はそう考えたが昨日のトラックの上よりは広いことにいくらか感謝した。 ザーーーーーー 激しい雨が降ってきた。今まで降ってこなかったのがおかしいくらいだったのだが、これで、ヘリを飛ばしているのが大変になってきた。すでにヘリは風に流されかけている。 慎悟がヘリを見てみると操縦席には両刃が座っていた。助手席で操縦士が顔を青くしている。 「さあ、とっとと終わらせるか」 そういってケンはリモコンをジャケットのポケットにしまった。 「ああ」 慎悟はそういって、ゆっくりとカンフーの構えをとった。 ケンは身じろぎもせず、じっと慎悟を見ている。 二人の間を突風が流れた。 二人がすばやく動く。 慎悟がケンに一瞬で近づき、するどく足を伸ばす。 だが、すでにそのときにはケンはその場所にいなかった。ケンは慎悟の裏に回ると慎悟を羽交い絞めにする。慎悟はケンの腕をつかむと、力づくで腕をほどくとケンの腹に蹴りを入れる。 ケンは腹に強い圧力を受けているのにもかまわず動きを滑らかに地面をすべるように慎悟の裏に移動した。 慎悟は慌てて回し蹴りをするが、ケンの動きのほうが速く、するりとよけられると顔に強烈なパンチが当たった。 慎悟が宙に浮いてふっとぶ。地面に落ちるとスススと滑って炎の壁に突っこみそうになった。慎悟は慌てて立ち上がる。 円の反対側ではケンが慎悟を殴った手をブラブラとふっていた。 「今のは準備体操じゃなかったのか?」 ケンが見ていて気持ち悪くなるような笑い顔をしていった。 慎悟が頬をなでる。 速さが違いすぎる。 慎悟は頭の中でそれだけを考えていた。 ケンがゆっくりと足を前に出す。 慎悟もゆっくりとケンに近づく。 慎悟が手を握るとコキリと骨がなる。 雨の勢いが増す。月島は島の端でずぶ濡れになっている。ヘリはゆらゆらと揺れて、機体を水平に保つことができない。 慎悟が目を閉じる。そして頭の中にロックのリズムを流す。 曲名『X Gon`Give It To Ya DMX』 D(Dark)M(Man)X(X)の吠え声が頭の中に響く。 慎悟が突進する。ケンは右足を前に出してからまったく動いていない。 一メートルのところでケンは見えないほどの速さで慎悟の横に移る。 慎悟の目はケンから離れない。慎悟はケンに向かって回転蹴りをする。ケンにもう少しで当たる。 慎悟は素早く、連続でカンフーの技を繰り出す。 ケンは紙一重でよけていく。 慎悟の動きがどんどん速くなっていく。ビデオを早送りした速さは超えている。ケンのよける動きも速い。上半身のよける動きでさえ見えない。 二人の動きがどんどん速くなる。 島の端で二人を見ていた月島にはどっちが攻撃をしているのかわからない速さになった。 ドカッ 二人の拳がぶつかる。その衝撃で二人とも島の中心から吹っ飛び、火の壁の前に着地する。 ケンが拳を抑える。こぶしにかなりのダメージを受けたようだ。 慎悟はケンにむかってゆっくりと手を向ける。 ケンがつばを吐く。つばの中が少し赤かった。血が混ざっているのだ。 ケンはそのつばを踏みにじると慎悟をにらみつけた。 「信じるものがあり、守るべき人がいる。おまえはそう言った。オレにだってある!」 「あとで聞いてやるよ」 慎悟は冷たく言ってカンフーの構えを崩さずにゆっくりケンに近づく。 ケンの表情にはすでに笑みは無かった。今は慎悟を殺すという怒りの表情だけだった。 慎悟はあの感覚を味わった。 五年前の両親を殺されたときの犯人の感覚。 最近、ケンに合うたびに感じている感覚。 だが、今感じているのは今までで一番弱い感覚だった。ケンの 怒りで、ケン自身が発するあの感覚を濁らせているのだ。 波がどんどん高くなってくる。だがまだ炎の壁には辿り着かない。 雨も激しくなり、月島は目も開けられなくなってきた。もっと も、目が開けられたところで二人の姿は雨にかき消され見えはしない。 雨の音に混ざって二人が闘う音がする。たまにケンが低い蹴りをして、地面に落ちた雨を蹴り飛ばす音がする。 慎悟は雨で相手の動きが見なくなりかけているのにもかかわらずケンの攻撃を全てかわしていた。だが、相手が見えないので攻撃ができない。 慎悟がなにもできず後退する。 その時、運悪く慎悟の足元に大きな水溜りがあった。慎悟がすべる。慎悟が片手で地面を叩いて起き上がる。だが、目の前に拳がきた。 バキッ 慎悟の顔にケンの拳が当たる。慎悟が宙を舞う。炎の壁に手が突っ込んだ。慎悟が慌ててジャケットを脱ぎ、水溜りにに叩き落した。服が濡れていたおかげで燃えてはいない。 「いつまで逃げるつもりだ!」 ふいに後ろから声がした。慎悟が慌てて振り向くとケンの蹴りで慎悟はまた宙を舞い、月島の横に落ちた。 月島は雨の中からいきなり慎悟が出てきて驚いた。 慎悟は立ち上がってケンがいた場所をを見る。 雨で赤い炎しか見えない。 「しょせん、お前のカンフーは型だけだ。実践で通用するよな品物じゃない!」 ケンの声が聞こえる。 そのとおりだ。 慎悟はクンフーができるといっても型ができる。型ができるだけのクンフーは実践には通用しない。ここまで慎悟が強くなったのは努力したからだ。だが、ケンは実践のためだけに練習を してきた。そのケンに慎悟が勝つことは無理だった。 慎悟はそんな意識を払い落とした。心が体を動かす。心に不安があったら体にも不安が出る。 慎悟は意識をケンにだけ向けた。 激しくたたきつける風も、 慎悟を押し倒そうとする風も、 もごもごともがいている月島にも、 今すぐにも墜落しそうなヘリにも、 島を囲う2メートル近い炎の壁も忘れ、ケンにだけ意識を集中する。 全てが白くなり島の上には慎悟とケン以外の全てが消えた。 見える。 ケンの影できている。 ケンが飛び上がる。慎悟も飛び上がった。助走もせずに二人は2メートルも飛び上がり足を突き出す。 慎悟がケンの上に上がった。 慎悟は蹴りの体制をとる。 まっすぐケンを狙い、ケンの腹を狙う。 だが、ケンは空中で体制をかえた。物理的に無理と思われることをケンはやった。慎悟のけりが空を切る。 ケンのけりが慎悟の背中を強打し、慎悟は月島の近くの水溜りに顔を叩きつけた。 そして、薄れ行く意識の中で慎悟は月島が叫ぶのを聞いた。 月島の口に張ってあるガムテープが雨ではげた。 その瞬間、慎悟がケンと一緒に飛びあがった。 「慎悟・・・」 月島が叫ぼうとしたが、冷たい雨がようしゃなく当たっていた ため寒くて声が出ない。 ドカッ 慎悟が背中を蹴られ水溜りに倒れた。 「慎悟!」 月島は寒さを忘れ叫んだ! 『そんなはずない。慎悟が負けるなんて』 月島はテレビのニュース番組で何度か慎悟が犯人と戦う場面を見たことがある。それをふまえて慎悟が負けるとは思えなかった。 カタッ 月島の目の前にケンが着地した。 ケンが月島を見る。ケンの目は笑っていた。その笑いは勝利を 確信している笑いだった。 月島がケンをにらむ。だが、ケンに軽くあしらわれた。 「しょせんこの程度なんだ」 ケンが言った。 「やはり五年前に殺しておくべきだったな」 そういってケンはジャケットのポケットからリモコンを取り出してボタンに指を当ててヘリを見た。 遠くに流されていたヘリは今戻って来たところだ。 操縦席でアメリカ人の操縦士が倒れている慎悟を見て目を丸くする。 「はしごを下ろせ!」 ケンが叫ぶ。 ドアが開いて勝手にはしごが下りてきた。 「じゃあな、エンジェル」 そういってケンはするするとはしご登っていく。 残された月島は慎悟を見た。慎悟は起きる気配はない。 ケンはもうすぐはしごを登りきる。 月島は何もできずにケンを見ている。 ケンがはしごを上りきってヘリに乗った。 が、 ドカッ ケンがヘリから落っこちた。ヘリのドアのところには両刃が立っている。両刃がケンを蹴り落としたのだ。 地面に落ちたケンが両刃をにらむ。 両刃は笑っていた。さきほどケンが月島に見せた笑いと同じく勝利を確信していた。両刃の顔は見えないが月島にはそれがわかった。 両刃は月島にも聞こえるように大声で、 「慎悟は簡単にくたばるようなやつじゃないぞ!」 その言葉にケンと月島は慎悟を見た。 慎悟は立ち上がっていた。 慎悟は下を向いていた。そしてゆっくり顔を上げるとその目は完璧にキレていた。 慎悟はゆっくりと演舞をし始めた。ゆっくりと手を体の周りで回し、顔の目の前でこぶしを握る。そしてそのこぶしをゆっくり開き、すばやく動かす。手が右へ、左へ動く。その動きはケ ンがしていた演舞の倍の速さだった。 慎悟は最後にケンに片手を向けた。雨の勢いが弱くなっていたため完璧にその動きはケンに見えていた。ケンは慎悟の動きに動揺していた。演舞を見ただけで慎悟の中で何かが変わったの がわかった。 「五年前に殺しておけばよかったと言ったな?」 慎悟が手を握った。コキリと骨がなる。 「おまえの言うとおりだよ」 慎悟はそういってケンにゆっくり近づいていった。 ケンは頭を振ると慎悟に近づいた。ゆっくりと二人が近づき、五メートルほど間を置いて二人は円を書くように移動し始めた。 慎悟はまた意識をケンにだけ向けた。慎悟とケン以外の全てが白くなる。音はケンが歩く音だけだ。 ケンがゆらりと動いた。一瞬で慎悟との間を縮める。 慎悟はケンを見ているだけで何もしない。 ケンの飛び蹴りが目前に来る。慎悟は少し頭を後ろに引いた。 それだけでケンの蹴りはよけられた。 ケンが続いて三段蹴りをしてくる。慎悟は手で止めると着地したケンの胸を力いっぱい押す。ケンはそれだけで吹っ飛んだ。 ケンがあっけに取られる。 慎悟は感情に流されるタイプだ。慎悟は怒れば怒るほど力が増す。 今がその状況だ。 親を殺され、自分と唯一の血のつながりのある女を殺されかけ、そして今まで負けたことの無い自分を一度でも気を失わせた。 慎悟を怒らせるのには十分すぎる状況だった。 雨が激しくなった。すでに風は風速は30メートルに達していた。この風の強さだと木がねこそぎで倒れ、たいていの人間は立っていられない。 だが、この二人にとってそんなことはなんでもなかった。ケンの反撃が続く。どんどん動きが速くなる。すでにアクション映画の早送りの速さは通り過ぎた。慎悟もそれにあわせて速 く動き、攻撃ををとめ、殴り返す。 それぞれのダメージがたまってきた。 ケンの顔に慎悟の拳が食い込む。ケンが倒れかける。 慎悟はケンの胸倉をつかむとケンの顔をもう一度殴った。 ケンが慎悟から離れもう一度飛び蹴りをする。慎悟の顔に鋭い蹴りが近づく。 慎悟も飛び上がってケンの蹴りを止め、ケンの胸に思いっきり蹴りを入れた。 ケンが一回転して地面に着地して、雨で滑っていく。炎の壁に突っ込みそうになるが、クルリと回って体制を立て直す。 ケンが拳を慎悟に向けるが、口から血が出て倒れこんだ。 「これで終わりだ」 慎悟はつぶやくと飛び上がる。ケンは何とか立ち上がったが、胸をおさえていた。すでに飛ぶだけの力が無い。慎悟が無抵抗のケンに胸に蹴りを食らわせた。 同時にケンの裏で炎の壁が舞い上がって爆発した。 それで終わりだった。 ケンが宙を舞って炎の壁の中に落ちた。 ケンは炎の中に消えていった。 慎悟は着地すると炎の壁の中をにらんだ。ケンの声はしなかった。 慎悟には何の感情も無かった。 親を殺したケンへの怒りも、ケンを殺してしまったことへの悲しみもすでに無かった。 慎悟は月島の方を向いた。 月島に慎悟の目の中に何の感情も見えなかった。 慎悟が月島に歩み寄り、月島の手足を縛っていたロープをほどいた。 「あの男が慎悟の両親を殺したの?」 月島が慎悟に聞いた。 「ああ」 慎悟は無表情で答えた。 「じゃあ、仇は取れたのね」 「ああ」 慎悟の言葉に後悔の色はなかった。 そのとき、 ギャァァァァァァァァ ケンの声だった。炎の壁の向こう側から聞こえる。ケンはまだ死んではいなかったのだ。 慎悟はハッとした。 「オレは何をやっているんだ!」 そういって慎悟は炎の壁の中に突っこもうとした。 月島が慌てて慎悟の腕をつかむ。 「どこいくのよ!?」 「あいつを助ける」 慎悟が月島の手を振り解きながら言った。 「でも、あの男はあなたの親を殺したのよ」 「関係ない!」 慎悟が叫んだ。 「オレは探偵だ。一人でも多くの人を幸せにするために探偵はいる。今、あいつを殺して、これから一人でも多くの人を幸せにできるか!?」 慎悟はそういって炎の壁の中に飛び込んだ。 「慎悟!」 月島は叫ぶがまた大降りになってきた雨の音にかき消された。 慎悟が炎の壁を通り抜ける。慎悟の服に火が燃え移った。 テトラポッドの上に着地するとすぐ目の前にケンが火だるまになってもがいている。 慎悟はケンの首をつかむと海の中に飛び込んだ。 水で火が消えるとケンの服はほとんど焼けていた。 慎悟は海から顔を出すと激しい雨を浴びた。ケンの脈を診るとしっかりしている。 皮のジャケットだったおかげで、肌まで火が届いていなかった。とりあえず今は気を失っている。最後の慎悟の蹴りがききすぎたのだ。 慎悟は空を見た。 『・・・今の問題は台風だ』 天気予報では6時に沖ノ鳥島を台風の中心が包むと言っていた。 慎悟は腕時計を見た。防水式だから壊れてはいないが、恐ろしい時刻を示していた。 AM 5:45 もうすぐ台風の中心がこの島を包む。つまり、今、台風で一番危険な場所にいるということだ。そんなところでヘリで帰ろうとしている。 「まあ、危ない状況は何度もあったからね・・・」 そういう慎悟は少し体が震えていた。 理由は寒さなのか、この危険な状況のせいなのかは誰もわからない。 |