10章 推理

       



AM 00:06 
 「よく本当に借りられたな・・・」
両刃がヘリの席で居心地悪そうに言った。操縦をしているのは 飛行課のジョン・クルーズだ。
「人間に不可能なことは無いということの現れだよ」
慎悟がなんでもないように言った。
「じゃあ、そろそろ聞きたいことを教えてくれないか」
両刃が言った。
今、ヘリコプターは真っ暗な海の上を高速で進んでいる。
「いいだろう。まず、何が聞きたい?」
慎悟が両刃を見た。
「まず、オレたちはどこに向かっているんだ?」
「沖ノ鳥島だよ」
「なに!?」
「そんな驚くことではない」
「だが、あそこは今、台風が来ているんだぞ!それも史上最大 のだ!」
「人を救うのと台風の中に突っ込んでいくのはどっちがいいと 思う?」
「それだよ!沖ノ鳥島と人を救うのでどういう関係があるんだ ?」
「あの男は沖ノ鳥島にいる」
両刃がわけがわからないというふうに首をふった。
「いいか。まず最初から話そう。
ホテルにいた男と工場にいた男は同一人物だ」
両刃がうなずく。
「そして、あの男はアメリカの沖ノ鳥島問題推進派の一味だ」
両刃が首をひねる。
「とりあえず黙って聞いてろ。そのうちわかるから。
 あの男が工場にいたのはあの工場にある爆薬を買うためだ。 正確には取引したものを取りにきたんだけどな。
その爆薬を何に使うのか。それは沖ノ鳥島を爆発させる。つま り消滅させるってことだ」
両刃が慎悟を見る。何か言いたそうだが黙って聞いている。
「沖ノ鳥島問題推進派の男があの工場で大量の爆薬を買ってい る。それが経営履歴というファイルに書かれていた。
男が取引をしたのが8月22日。それは総理と大統領が会談を することを決めた日だ。
たぶん男はだいぶ前から問題になっていた沖ノ鳥島問題の推進 派で、沖ノ鳥島を爆破しようと考えていたのだろう。それで日 本のあの工場に目をつけていた。そして、22日に総理と大統領 が明日。いや、もう日付が変わった。今日の27日に沖ノ鳥島を 訪れることを決めた。そして22日に工場と取引をした。そして 訪問の前の日に受け取りに行ったのさ」
「だが、それだけで沖ノ鳥島を訪れるのか?確信が無いじゃな いか」
「あるさ、確信なら。さっき所長に聞いたんだよ。ヘリを貸し てもらうのを頼んだあとに。最近、オレみたいに金を渡されて ヘリを貸さなかったか、ってね」
「そしたら?」
「ビンゴだよ。22日に、一機だけ貸してくれと言われたそうだ 。そしてオレたちが来る一時間前にあの屯所を出発している」
「なんであそこで貸されたって思ったんだ?」
「沖縄で一番設備が整った屯所だ。借りるとしたらよりいいヘ リのほうが良いだろう。そこら辺のヘリを貸している業者だと 台風が来ている沖ノ鳥島に行く、なんて言ったらやめさせられ るに決まっている。
それにあの所長は見かけは真面目そうだけど金で動く男だ所長 室にはいくつも高そうな品があった」
「なんで金で動くなんて知ってるんだよ?」
「うちの所員はいつも何をしている?」
慎悟が唐突に聞いた。
「自宅でデスクワークをしている」
「どんなデスクワークだ?」
「各県に派遣されている秘密の所員から送られる情報をパソコ ンに入力している」
「そのなかで、金の動きを入力する仕事がある。そのなかにあ の所長の顔があったんだ」
「そんなのいつ見たんだよ?」
「22日の夜。おまえが沖縄に行くって言いにきた日だよ。オレ の家の階でオレの仕事部屋があるだろ?」
「あのパソコンと配線だらけの部屋か?」
「ああ。あそこでは所員が入力したデータを見られるプログラ ムがある」
「そんなの知らないぞ・・・」
「オレが一人で作ったプログラムだから」
少しの間黙ってから両刃がいった。
「あの男の目的は何だ?なんで沖ノ鳥島を爆発するんだ?」
「総理と大統領が今日沖ノ鳥島を訪問する予定だ。総理と大統 領の目の前で沖ノ鳥島なんか爆破してみろ。一気に戦争に持ち 込むだろう。だけど台風で総理たちが沖ノ鳥島を訪れる計画は 中止。それでも沖ノ鳥島には向かった。それは爆破が起きて誰 の仕業となったらこの状況だとアメリカの仕業になる。結局は 戦争に持ち込まれるだろう」
「月島を誘拐した理由は?」
「・・・。それは言えない」
「なんで?」
「確信が無いんだ」
「ここまでの推理だって確信があったとは言えないぞ」
「これが一番確信が無いんだ。男が沖ノ鳥島に行っているのは 間違いない。それはここまでの推理に自信があるからだ。だが 、月島を誘拐したことについての推理はまったく確信が無いん だ」
「そうか・・・」
「そんながっかりしたような声を出さないでくれ。オレの尊敬 する探偵が言っただろう」
「覚えてるよ。証拠の無い推理はただの憶測だ」
「そうなんだ。だから言いたくないんだ」
「わかった。もう聞かない」
両刃が手を上げていった。
「捕まえればわかることだからな」
両刃の言葉に慎悟は笑った。
「そういえば、何でリーを置いてきたんだ?」
「ああ・・・」
両刃が思い出したように聞いた。
「紅茶なんか作らせてどうするつもりだよ」
「紅茶はただリーを追い出すだけの話しだ。
たぶんオレがあいつに頼んだ時点でリーも、紅茶は自分を追い 出すだけの口実だって気づいたと思うよ。紅茶なんか本当に作 らせるつもりは無いよ。
リーにはこの事件は深すぎる。あいつに言ったとおり、人間の 心の事情が入りすぎてる。それに、すごくハードな肉弾戦にな りそうなんだ」
「なら、なおさらあいつにいて欲しいじゃないか。中国武術大 会で準優勝にした奴なんか置いていくほうがおかしいぞ」
「・・・あの男はオレの敵なんだ」
慎悟がつぶやいた。
「あいつを倒すのは両刃でもリーでも駄目なんだ。オレじゃな きゃ」
慎悟がそう言うと両刃はため息をついた。
「なんだかよくわからないけど、わかったよ。オレは手出しは しない。ただし、あいつがオレの前に来たらそのときは手を出 させてもらう」
「わかった。おまえは最高のパートナーだよ」
「あの男を捕まえたらいろいろ聞くからな」
「ああ」
「スミマセン」
操縦士のジョンがカタコトの日本語で二人に声をかけた。
「モウスコシ、ツクマデニジカンガカカル」
「わかった。少し仮眠をとらせてもらおう」
慎悟がそう言うとジョンはこっちを見てうなずいた。
「おまえも眠っていてくれ」
「わかった」
「それからおまえはヘリコプターの操縦資格を持っているっけ ?」
「受けた」
両刃がこんなふうにぶっきらぼうに答えるのは試験で落ちたか らだ。
「それはPrivate(プライベート) Pilot(パイロ ット)か?」
「それは二十歳のときに受けて持ってる。この間受けたのはC ommercial(コマーシャル) Pilot(パイロット) だ」
ヘリコプターの操縦資格にはいくつかありPrivate(プ ライベート) Pilot(パイロット)は基本的で、17歳以 上で総飛行時間が40時間なら受けられるものだ。Comme rcial(コマーシャル) Pilot(パイロット)はその一 つ上の段階で、18歳以上で総飛行時間が150時間なら受け られる。両刃が落ちた理由は夜間飛行の訓練で眠くなったため 棄権したというのだ。そのことは慎悟も知らない。
「もしものときは頼むよ」
慎悟は両刃が落ちたのは知っていて聞いたのだがとりあえずそ う言った。
「もしもって?」
「台風が来てるのにあの操縦士じゃ不安だからさ」
「初めて会ったくせになにがわかる」
「手が震えているんだよ」
両刃はそういわれて男の腕を見た。
確かに小刻みに震えている。
「所長もふざけたな。台風の中に突っ込むのにあんなやつを操 縦士に選ぶなんて」
操縦士は所長が勝手に決めたのだ。
「大丈夫。オレにはお前がいるから」
慎悟はそういって両刃の肩を叩いた。



 AM 5:08
沖ノ鳥島
普段はすぐに日の出が見られるこの時間。今は台風が来ている ため曇り空で真っ暗だ。すぐに雨が降る。波はだんだん高くな ってきている。
その沖ノ鳥島の一つの島に一人の男が立っている。服も黒でヘ ルメットもしているがそれも黒なので男は闇に溶け込んでいる 。
男はたった今、全ての島に爆弾を仕掛けたところなのだ。
太陽の光が射した。
風はどんどん強くなっている。島の中心で大きく息を吐く男。 そしてカンフーの演舞をする。すばやく、そして軽やかに動く その動きはリーに勝り、両刃に勝り、そして慎悟にも勝ってい る。

後ろでもごもごと声がする。
月島だ。
手足を縛られ口にはガムテープを貼られている。
男は月島を見ると英語で喋りかけた。男はこういっていた。
「Soon a helicopter will come to pick me up. I’m sorry、 I ’ll leave you. Sink deep with this Oki-no-Tori island, as the first victim of the war. (もうすぐ迎えのヘリが来る。お前には残ってもらうが、俺は それに乗って帰る。悪いがこの沖ノ鳥島と一緒に沈んでもらお う。俺が始めるこの戦争の最初の犠牲者になってくれ。)」
月島は男の顔をじっと見ている。言われたことについて考えて いるのか、それとも意味がわからないのか、どちらの意味とも とれる顔だ。
「See, it has come.(お!来たようだ)」
男がそういうと海の向こうにヘリが見えた。
男が指を指すと転がっていた月島が指差されたほうを見る。月 島がもがきだす。
男は月島の顔をなで、
「It’s a pity I can’t stay with you. You’re such a beautiful one whom most people will hesitate to kill. But  I’m sorry, I have no sense like that.(ああ、お前と 一緒にいられないのが残念だ。お前くらいかわいければたいて いの男ならこんなむごいことはしないだろうに。ただ、おれは そんな感情を持っていないし、必要ともしないんだ。)」
そういって男は月島のほおを思いっきり蹴った。月島の頬が切 れる。白い頬に血が一筋流れる。
「So long,angel(じゃあな、エンジェル)」
ヘリが島の真上に来た。男の計画なら縄ばしごが下りてくるは ずだ。
がだ、降りてくる気配はまったく無い。
「What are you doing(どうした!?)?」
男が大声でヘリに叫んだ。
そしてヘリのドアが開く。そこには慎悟が立っていた。
月島にとっては、会って数日の慎悟だが今までで一番かっこよ く見えた