第三章 到着


     



「これから一週間総理の護衛にあたる片水慎悟です。よろしくお願いします」
外面はいい慎悟が総理大臣の大田光路(おおたみつろ)と握手を交わしながら言った。
「こちらからもよろしくお願いします」
総理が丁寧に挨拶をする。
「でも、もうこんな優秀な刑事さんを護衛にあてているのならボクの出る幕もないですがね」
そういって慎悟は彼の隣にいる、警視庁の木古内城を見ていった。ホテル街にやってきた刑事だ。見られた木古内はそっぽを向いた。
「いやいや、そんなことはないよ。警視庁長官からの頼みでね、警察から一人護衛にあてましょうということで、息子さんを紹介されたんだ」
「おまえ、警視庁長官の息子だったんだ・・・」
慎悟がうさんくさそうに見た。
「文句があるか?」
木古内が慎悟を怖い目でにらんだが、
「ぜんぜん」
とごまかした。
「いいか、慎悟これだけ言っておく」
総理がリムジンに向かったところで少し離れて木古内が慎悟に言った。
「今回護衛をさきに任されたのはオレであっておまえはおまけみたいなものだ」
「で?」
慎悟が興味なさそうに聞いた。
「沖縄での滞在中の護衛はほとんどオレに任せていいからな。おまけに用はない」
「ふ〜ん」
慎悟の態度が気に食わなかったのか木古内が勘違いをしていった。
「おい、文句があるなら言えよ」
「じゃあ、言うけど」
慎悟がうるさいハエを思い浮かべながら言った。
「おまえは子供のころおまけつきのお菓子を買ってうれしかったことがあるか?」
慎悟のいきなりの質問に木古内はうなずいた。
「どんなおまけでもうれしがったか?」
また木古内はうなずいた。子供のころは純粋だったようだ。
「じゃあ片水慎悟というおまけもうれしがったらどうだ?」
そういって慎悟は総理とリムジンの助手席に座った。
「ふんっ!」
木古内はあきらかに気に食わないようだ。


そのころ月島が乗っている飛行機の中では、
「月島・・・。やっぱりよびにくいですよ」
リーが飛行機の座席の隣に座っている月島に言った。
「じゃあ、麗菜でいいわよ」
月島が明るく言ったがリーは顔をブルンブルンふるわせながら言った。
「片水慎悟探偵事務所では名前を呼ぶときになにか決まりはないでしょ?」
月島が口を尖らせた。が、
「あることにはある」
と前の座席から声がした。両刃だ。
「月島さん。オレはあんたにルールブックをわたさなかったか?」
「なんのルールブック?」
「この仕事上、守らなければならないことのだ」
月島は首を振った。立ち上がって後ろを見た両刃は、自分のバッグからルーズリーフを取り出して彼女に渡した。
「69ページにそれについて載っているから見といてくれ」
「呼びたいように呼んじゃだめなの?」
「いいから読め」
そう言って、両刃は何も言わなくなった。
「まったく」
月島があきれて言ってルールブックを開いた。
それと同時にアナウンスが流れた。
『・・・・現地の天候は晴れ。台風18号は今週中に沖ノ鳥島を通り、東京へまっすぐ向かってくるでしょう』

「おまえの仲間はどうした?」
木古内が総理大臣専用の飛行機のタラップを上りながら後ろから聞いた。
「仲間って?」
「変な名前(両刃)のやつと中国人(リー)と黒いスーツの連中だ」
「一足先に沖縄にいってる。今回は黒いスーツの連中は一人も連れてきてないよ。そのかわりに新しい仲間は連れてきたけど」
「おまえは何人仲間を増やせば気が済む」
椅子に座って両刃が聞いた。
「さあ・・・」
慎悟は質問を聞いてなかった。総理大臣専用機に乗ったことで、映画『エアフォース・ワン』を思い出してそのことだけを考えていたからだ。
「慎悟、何を考えているんだ?」
木古内がにやけている慎悟の顔をみてきいた。
「映画の『エアフォース・ワン』について」
「君もか!」
いきなり前の席で声がした。それは総理だった。
「私もこの飛行機に乗るたびにあの映画を思い出してね。私もあの大統領みたいな総理になりたいよ」
そういって慎悟と総理は笑いあった。
ただし、その映画を見たことがない木古内は完全にとりのこされていた。


「こんないいホテルに泊まるんですか?」
月島が不安そうに聞いた。空港から国道331号を通ってついたホテルは海沿いの眺めのいいホテルだ。真っ白でいいホテルということを全面的にアピールしているように見える。
「なにが不安なんだよ」
両刃がそういってスタスタとホテルの中に入っていった。
「だって私、こんなホテル泊まったことないわよ」
「一番高いホテルはラブホか?」
両刃の皮肉に月島とリーがにらんだ。その視線に気づくと両刃は咳をしてフロントに向かっていった。
「冗談のつもりで言ったんですから気にしないでください」
リーが月島に言った。
「そうかしら」
「そうです」
疑わしそうな目で両刃を見ている月島にリーはしっかりといった。
「両刃さんは女性不信なんです」
「あんなにどうどうとしていて?」
「不思議ですよね」
リーと月島が一緒にうなずいた。
「あ、敬語使わなくていいのよ」
月島が思い出したように言った。
「でも年上ですよ」
「いいのよ。麗菜ってよんで。私はリーって呼ぶから」
「はぁ・・・。ちょっと聞くけど、なんでそんなによび方にこだわるの?」
とりあえずリーは言い方を変えて聞いてみた。
「ん・・・、ちょっとね」
「部屋に行こう」
両刃が戻ってきてそういうとエレベーターに向かった。


このホテルは空港と十キロほど離れているが、窓から空港が見える。両刃は景色が空港ときれいな海を両方を見られるいい部屋をとった。
「こんな良い部屋とる必要があるの?」
月島が慎悟と彼女の部屋から出て隣の両刃とリーの部屋に行って聞いた。
「それはボクも思いました」
リーがかばんから細長い包みを出しながら言った。
「いいだろ、べつに」
両刃がぶっきらぼうに答えた。
「なんでよ」
月島が背広のボタンをとめている両刃の顔に顔を近づけながら言った。両刃はスススと後ろに下がって言った。
「あんたのためだよ」
「え?」
両刃がボタンを止め終わって埃がついていないか服を見回しながらいった。
「慎悟が言うには土産を買ったらもうあんたの仕事はなにもないからせめて部屋の中でも景色を楽しめるようにと思ってこの部屋を頼んだけど・・・。よけいだったか?」
両刃が頬をかきながらいった。
月島はそんな両刃をじっと見てゆっくりと首をふった。
「そうか、よし。リー、行こう。あと一時間で総理が来る。すこし早く行って待っていよう」
「はい」
「月島さん。できれば、私たちが戻ってくるまでホテルを出ないでもらえますか」
「いいですけど、どうして?」
「片水慎悟の仲間だってだけで襲われたやつがいるんです」
「わかりました」
そういって月島は自分の部屋に戻った。そしてシャワーを浴びてバスローブを着てベランダに出る。ここから海と空港がよく見える。
「きもちいい」
そういって月島はのびをした。

 「総理、私がそばにいる限り、近くにいます」
木古内が大真面目な表情で総理に言った。
「バカ・・・・」
慎悟は頭を抑えた。
「ああ・・・、期待しているよ」
総理も返事に困っていた。
「行きましょう」
慎悟がそういってタラップを降りた。あとに総理、木古内がつづく。
「お待ちしておりました」
沖縄県知事が出迎えた。沖縄県知事と総理が握手をする。
「そういえば慎悟」
木古内が慎悟を見て言った。その顔は今まで慎悟をライバル視していたが今の顔はずっと真面目だ。
「なんだよ、急に」
慎悟が木古内の目を見て言う。
「このあいだ、東京湾に上がった死体の母親のことなんだが」
慎悟の胸がギュッと鳴った。
「あの美人の母親か」
慎悟は平静を保とうとする。
「お前がついたウソはつきとおしてやったよ」
「は?」
慎悟が木古内の顔を見る。
「オレも誰かを幸せにするために刑事をやってるんだ」
そう言って木古内は総理のそばに行った。
「ありがとう・・・」
慎悟はそうつぶやいて木古内について行った。
母親が本当のことを知れば母親は傷つき、慎悟が母親に恨まれると考え、木古内は慎悟のウソをつきとおしてあげたのだ。
慎悟は木古内に対する認識を少し変えてあげた。