第17章
人質


 高速道路でのカーチェイスが始まった。
「何でこんなワゴン車でこんなカーチェイスできるんだよ!」
創次が怒鳴る。
すでに黒い車と慎悟のワゴン車は時速150キロ近いスピードを出している。
「シューマッハの直伝」
慎悟はそう答えて一気に黒い車との距離をつめる。
「つかまれ!」
慎悟は叫ぶと左にハンドルを切った。
キキキキッ!
ワゴン車が派手なブレーキ音を立て、ドリフトをしながら黒い車にぶつかった。
そのまま車は二台とも高速の壁にぶつかって止まった。
「ナイス!」
慎悟が大声で叫んで創次にハイタッチを求めるが、
「ふざけたことしやがって・・・」
と、創次は頭をおさえながら冷たく言った。頭をぶつけたのだ。
慎悟は創次の頭を撫でてやると車から降りた。
黒い車から三人の男が出てきた。一人は銃を持ち逃げした男だ。
「てめぇ!なにしやがる!」
持ち逃げした男が慎悟に怒鳴るが慎悟は笑っている。
「いいじゃん。なかなかスリルがあっただろ」
そう言って慎悟は顔を真剣にした。
「ここからはスリルだ、なんだなんて言ってられねえからな」
「はっ!クソガキどもになにができる」
そういって男が殴りかかってくる。
が、ワゴン車の上から黒い物体が男の顔に高速でぶつかり、男は一回転して倒れた。
創次がワゴン車の屋根に上り、パトランプを男に向かって蹴ったのだ。
創次がクルリと一回転して屋根から飛び降りた。
「俺は左な」
「俺は右だ」
慎悟と創次が残った二人を見て言う。どちらも大柄で筋肉が無駄なくついている。
「今のは海でナンパした時の会話に似てたな」
慎悟が言うが創次にはまったく意味がわからなかった。
二人は笑い合うと、二人の男に向かって針砕流の構えをした。
「お前が殺人術を使おうと俺もう何も言わない」
慎悟が創次の構えを見て言う。
「そうか」
そう言って創次は完璧に感情をむき出しにした。
「何をゴチャゴチャ話してる!」
慎悟が相手をするといった左の男が言った。
「お前らを倒す話しだ」
その言葉を合図に慎悟と創次は男たちに向かって行った。


品川のホテル
「よくやった。見事だな」
猪狩が何人もの組員を倒した両刃に向かって言った。両刃は構えをとかない。
「五年前とは大違いだ」
「五年前?」
両刃はまだ知らないのだ。猪狩が五年前の銀行強盗の犯人だと。
「ふん。思い出せないなら思い出させてやろうか?」
猪狩が動く。麗菜に向かって。
両刃が気づいて走り出すが麗菜は猪狩に首をつかまれ、頭に銃を当てられた。
「思い出したか?」
猪狩の言葉で両刃はわかった。
五年前と同じ状況だ。
愛する人を人質にとられ、そしてまた両刃は何もできないでいる。
そして、猪狩は五年前の銀行強盗だということもわかった。
「また殺してやろうか?」
猪狩が引き金にかけた指に力をいれる。
「やめろ!」
両刃が猪狩に向かってやめろというように右手を向ける。
「お前は五年間で成長していない部分がある。お前は誰も守ることが出来ないんだ」
そういって猪狩は引き金にかけた指に力を入れる。
「やめろ!」
両刃が大声で叫ぶ。


高速道路の真ん中。
慎悟と創次が二人の男に向かって飛び上がる。
そのまま男たちに三段蹴りをする。
回転蹴り、飛び蹴り、回し蹴りを連続で繰り出す。
男たちは二人の攻撃を手だけで止めている。
慎悟たちは一度後退すると、拳を連続で繰り出す。
ガッ!
慎悟が腕をつかまれた。
「オリャッ!」
男が慎悟を投げ飛ばそうとする。が、慎悟はビクともしない。男に拳を向けた体制で一ミリも動かない。
「これが針砕流の真髄だよ」
そう言って慎悟は男の腕を引っ張るとワゴン車に叩きつける。
創次は少し苦戦していた。創次は蹴り技が得意だ。そして創次の相手も蹴り技が得意だった。
二人の蹴りはほぼ互角だが、男の蹴りのほうがやや強い。
創次が飛び上がる。が、創次は背が低いので男の回し蹴りで一回転して倒れた。
「グハッ!」
慎悟は創次の悲鳴を、男をワゴン車に叩きつけながら聞いた。
慎悟に向かって男が殴りかかるが、慎悟は軽く顔を殴るだけで男をワゴン車にたたきつける。
男は何度も慎悟に向かって殴りかかるが、そのたびに慎悟のけりや拳で押し戻されてワゴン車にたたきつけられる。
「そろそろ片をつけないとあいつがやばいんだ」
そう言って慎悟は飛び上がると、前に一回転して遠心力を付けた踵落としで男をもう一度ワゴン車にたたきつけた。
ボコッ
ワゴン車のボディが軽くへこんだ。それほどに慎悟の蹴りは強烈だったのだ。
慎悟の後ろでは創次が殺されかけている。
創次は男の蹴りで、何度も壁に叩きつけられ、さっきの慎悟と男のやりとりのようだ。
「そろそろ死ねよ!」
男が創次に向かって足を突き出す。
ガッ
鈍い音がした。慎悟が創次の前に立って、男の蹴りを胸で受け止めている。
「俺の友達(フレンズ)は簡単には死なない・・・。俺が守るから」
そう言って慎悟は男の足をつかむと、上に振り上げる。
男がバランスを崩して後ろに倒れる。
倒れた男の腹に思いっきり慎悟は拳を叩き込んだ。
男は一度だけ目を大きく開いて気を失った。
「大丈夫か?」
慎悟の言葉に口から血を出している創次に言った。
「まあ、なんとか・・・」
そう言って創次は座り込んだ。
慎悟の考えではあんまり大丈夫じゃなさそうだ。
「口開けてみろ?」
慎悟の言葉に創次が口を開ける。
「内臓が破れてるわけじゃないようだ」
「口を見ただけで何がわかる・・・」
創次が弱々しく言う。
「頬の内側が切れてるから血が出てるんだ。内臓が破れた血じゃない」
そう言って慎悟は携帯を取り出すと、リーに電話した。
「満濃さんに、警察を高速に入れていいと言え。それからまだ両刃が出て来ていないならおまえだけでも突入しろ」
慎悟はそれだけ言って電話を切った。
「創次。おまえはなんでビートになったんだ?」
慎悟の言葉で創次が顔を上げる。慎悟はここで事情聴取を始める気だ。
「俺のことを覚えてるか?」
創次が言った。
「俺とお前が初めて会った場所は天然中学校じゃないんだ」
「わかってるよ。あの動物園だろ?」
「ちがう。俺たちが初めて会ったのは、恬然中学でも動物園でもない」
「え?」
慎悟が聞き返す。ついでにドラマ『Mの悲劇』を思い出した。
「どこで?いつ?」
慎悟が聞く。
「俺たちが幼稚園の時だ」
慎悟は思い出した。
小さい時、慎悟がまだ事件を解決する前に幼稚園に通っていた。そのときに友達にいたのだ。
風上創次が。
「そうか・・・。どっかで会った気はしてたんだ」
動物園とダンスバーで慎悟の記憶の扉がゆれたのは以前に創次とあったことがあるからだった。
「俺のことを忘れてたんだ。だとしたら、俺がビートになった理由もわかりゃしないだろう」
そう言って創次は壁につかまりながら立ち上がった。
「いや、覚えてるよ・・・」
そう言って慎悟と創次は目を合わせて言った。
『俺たちは世の中を幸せにするために闘う』
二人が同時に言った。
二人が幼稚園にいた時、二人はすでに世の中を見つめていた。そして約束したのだ。
二人は小さいながらそんなことを考えていたのだ。
「だからお前はビートになったんだな・・・」
慎悟が言った。
「俺は、本当は動物園で会った時に気づいて欲しかったよ」
そう言って創次は笑った。
「それがわかったらお前は逃げるんだ」
そう言って慎悟は創次の肩をつかむとワゴン車に乗せた。
「おまえは俺を政府に突き出すんじゃないのか?」
創次が高速道路の向こうから続々とやってくるパトカーを見ながら言った。
「さっきあの男に言った言葉は訂正」
慎悟はそう言ってワゴン車のエンジンを点ける。
「俺の友達は誰一人不幸にはさせない。俺が守るから」
そう言って慎悟はUターンすると品川のホテルに向かった。

「やめろ!」
両刃が怒鳴る。まだ猪狩は銃の引き金を引いていない。
「おまえは大きな間違いをしている。おまえは今、五年前の事件の罪を認めた。麗菜を殺したら余計罪が重くなるぞ」
「警察になんか捕まらない。また突破してやるよ。五年前みたいにな」
猪狩はそう言って麗菜の耳に口を近づけてささやく。
「悪いな。お前に恨みは無いけど、あの男に自分の無能さを自覚させるために死んでもらうよ」
そう言って麗菜の頭に銃口をつけた。
麗菜の目が恐怖に怯えている。
「両刃・・・」
麗菜が両刃を呼ぶ。
「麗菜・・・」
両刃が麗菜を見る。五年前と同じく、また愛する人を失いそうになっている。
「両刃・・・」
麗菜がもう一度両刃を呼ぶ。
「助けて・・・」
麗菜が弱々しく言って、量目から涙がこぼれる。
両刃が拳を強く握る。つめが手のひらに食い込んで血が出た。
「お別れなんかいらない。すぐにおまえも殺すから」
そう言って猪狩は麗菜の耳元でまたささやいた。
「じゃあな」
猪狩はそう言って引き金を引こうとする。
「やめろーーー!」
両刃が叫ぶが、猪狩は容赦なく引き金を引いた。
が、
カチリ
むなしい音がして銃弾は発射されなかった。弾切れだ。
「ちくしょう!」
猪狩はそう叫んで、麗菜を突き飛ばした。麗菜が倒れる。
猪狩はポケットから代わりのマンガンを取り出し、弾を取り替える。
両刃はその一瞬で猪狩に近づき、倒れている麗菜を飛び越えて猪狩が持っている銃に蹴りを入れる。
銃が宙を待って二人からだいぶ離れたところに落ちた。
猪狩は両刃にジークンドーの技を繰り出す。
両刃は猪狩の攻撃をよけ続ける。
両刃の心の中では二つの感情が闘っていた。
五年前、栄子を殺した猪狩を、殺したいという感情。
探偵として、慎悟と少しでも多くの人を幸せにするために、猪狩を殺してはいけないという感情。
両刃は猪狩を殺したいと言う感情を押さえつけるので精一杯で攻撃できないのだ。
「あの銀行員のところへ送ってやろうか!?」
猪狩が挑発した。
その瞬間、両刃が完全にキレた。
猪狩の蹴りをつかむと壁にたたきつける。
猪狩に馬乗りになると、猪狩の顔を殴りだす。
両刃はこらえようの無い怒りを猪狩にぶつけ続けた。
両刃の後ろでは麗菜がやめて、と叫んでいる。
だが両刃はやめる気はまったく無い。
猪狩の顔に青あざができ始める。
「両刃さん!」
リーだ。
リーがレストランの入り口に立って両刃を呼んだ。
だが、両刃は一切聞かずに、もう一度猪狩を殴ろうとした。
リーは一瞬で両刃に近づいてその腕を押さえる。
「両刃さん!なにをしてるんですか!?」
「放せ!こいつが栄子を殺したんだ!」
「知りませんよそんなこと!」
リーが力尽くで両刃を猪狩から離す。
「その栄子って言う人を殺したとしても、両刃さんがこの人を殺していいことにはならないでしょう!」
「俺は栄子の仇を取る!」
「両刃さん!」
リーが両刃の目を真正面から見つめて言った。
「この世に死んでいい人間なんかいない。僕にそう説いてくれたのは両刃さんでしょう。それなのにこの男は死んでいいんですか?」
リーの言葉を聞いても両刃は力を弱めない。「両刃さん。何があったのかは聞きません。でも麗菜さんが泣いています」
その言葉で両刃は麗菜を見た。
麗菜の頬を涙が伝っている。それは銃を頭に当てられた時の涙ではなく、両刃が鬼のような顔で猪狩を殴り続けているからだ。
麗奈は自分を守るために闘ってくれた両刃を好きになりかけていた。だが、その両刃が怒りに身をゆだね、人を殴りつけている。それは麗菜にとって悲しかったのだ。
「・・・すまなかった」
両刃は数秒の沈黙のあと、麗菜にそう言うとそばの椅子に座り込んだ。
すぐに警察が突入してきた。


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