第18章
上司と部下の身長差


「五年前、俺は栄子を守ることができなかった」
警察の鑑識がレストランの中をカシャカシャと写真を撮る中、両刃が入り口のそばで椅子に座りながら言い出した。
横には麗菜がくじいた足の手当てを受けながら聞いている。リーはミナたちを事務所に連れて行った。精神が少し参っているので、両刃がリーに、紅茶を飲ませるように言ったのだ。
「俺が銀行の警備をやっていたころ、そこの銀行員と知り合った。それが栄子だ。きれいで優しくて、俺が慎悟の両親を殺してしまったことを話しても、なんとも思わずに俺のそばにいてくれた。
いつしか俺は彼女を好きになり、彼女も俺を好きなって一緒に付き合っていた。
五年前の9月23日。閉店間際の銀行に二人の男が入って来た。そのうちの一人が猪狩だった。
俺が気づいたころには栄子が銃を向けられていた。
俺は手が出せなかった。すぐに警察が銀行を包囲した。そのことで猪狩は逆上し、栄子を殺した。
あの時、俺が猪狩に、俺と栄子の人質交換を頼めば、猪狩は栄子を殺さなかったかもしれなかった。
栄子は腹を銃で撃たれ倒れこんだ。すぐに猪狩たちは出て行ったが、俺は残って栄子を手当てしようとした。だが、弾が急所に当たって栄子は死んだ」
ずっと話していた両刃の目から涙がこぼれた。
「あのとき、俺は一瞬の判断ミスで猪狩に栄子を殺されてしまった」
そう言って両刃はずっとうなだれていた頭を上げた。
「それで俺は警備員を辞めた。それから俺は数日ずっと家に閉じこもった。誰にも顔を合わせないで、ただ一人で栄子と一緒に暮らしていた家でなにもしないでいた。
台所の椅子にかけられたエプロンも、車の中で食べた菓子のごみも、全てが思い出だ。それらを全てを思い出していた。思い出を忘れないために、俺は全てのものをそのままにして、五年間まったく動かさないできた」
両刃の家で、なぜ花柄のエプロンなんてものがあったのか。
なぜ、車の中はホコリ一つ無いのに、菓子のごみがあったのか。
それは両刃が栄子との思い出を残すために五年間まったく動かさなかったからだ。
「しばらくして慎悟が俺に、一緒に探偵事務所を開こうと言った。俺は慎悟に説き伏せられて事務所をやってきた。でももうだめだ」
そう言って両刃は立ち上がった。
「麗菜。今日、実家を出るときに親父から家に戻って来ないかと言われたんだ」
麗菜はなぜ急にそんな話をするのかわからなかった。
「俺は実家に帰る。五年前に栄子を守れなかっただけじゃなく、今日はお前まで守れないところだった。誰一人守れない奴は探偵なんてできない・・・」
そう言って両刃がレストランを出て行こうとする。
「ちょっと待って!」
麗菜が立ち上がろうとするが足を押さえてまた座り込む。
「両刃!」
麗菜が叫ぶ。両刃は麗菜を一度見るとまた出て行こうとした。
が、
「ばかやろう!」
と言う声が聞こえて両刃は急にレストランに叩き戻された。
慎悟だ。
慎悟が般若のような顔をして両刃にズンズンと歩いてくる。
両刃は痛そうに胸をさすっている。胸を殴られたらしい。
慎悟は両刃の胸倉をつかむと壁にたたきつけた。
両刃が苦しそうにせきをする。
「てめぇ!もう一回言ってみろ!」
慎悟が両刃の胸倉を締め上げながら言った。ただし、両刃の身長は186、慎悟は168なので締め上げても両刃にとってはなんでもなかった。
「俺は探偵を辞める。もう無理なんだ・・・」
「何が無理なんだよ!」
「俺はお前の両親を殺し、栄子を殺し、さっきは麗菜まで・・・・。俺は誰も守れないんだ」
「ふざけんなよ!」
慎悟がより一層、力を込めて両刃の胸を締め上げる。
「この世に誰一人守れない人間なんかいねえんだよ!」
慎悟の言葉がレストラン全体に響き渡った。写真を撮っていた鑑識も、状況をメモしていた刑事も、怪我で運ばれようとしている組員も全員慎悟の言葉を聞いて、水を打ったように静かになっている。
「今度、そんなことを言ってみろ!次は締め上げるだけじゃすまねえぞ!」
そう言って慎悟は両刃の胸から手を放すと麗菜のそばに行った。
「手当てをありがとうございます。麗菜帰ろう」
慎悟は手当てをしていた医者にそう言うと麗菜に肩をかしてレストランから出て行こうとした。
「両刃」
出て行く時に慎悟が両刃を振り返って言った。
「木古内を手伝え。それから今日はSBに行け」
慎悟はそう言って麗菜と一緒に出て行った。麗菜はSBとは何か聞こうとしたが黙っていた。
レストランで、両刃は周りから鑑識たちに見られながら椅子に座り込んだ。


「ちょっと、この子!」
麗菜がワゴン車に乗りながら助手席で、頭をおさえてるビートを指差して言った。ビートはさっき頭をぶつけたので痛いのだ。
「ビートじゃない!」
「人を指差すな」
慎悟が麗菜を乗せると運転席に乗って言った。
「でもなんで、ビートがあんたと友達みたいになってるの」
『友達(フレンズ)だから』
慎悟とビートが同時に言った。
「ビート」
慎悟がビートを見て言った。
「これからお前をお前の家まで送る。そのあとにお前がどうしようと俺は干渉しない」
そう言って慎悟はもう何も言わずに車を走らせた。
「悪いな・・・」
ビートもそう言って、家までの道のりを案内する以外に何も言わなかった。
そんな二人に麗菜も何も言わなかった。
ワゴンの左手にレインボーブリッジが見えた・・・。


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