第15章
登場



一方そのころ、両刃は慎悟の家に来ていた。
だが、家にいると思っていた慎悟がいない。
両刃は電話で慎悟から、
「今夜、麗菜が合コンに行く。お持ち帰りされる前に迎えに行ったほうがいいぞ。木古内もいるから」
と言われたのだ。
両刃は麗菜のことが好きだったのだ。ただ、女性不信だったことから急に好きという感情が出てきて両刃は少し動揺していたので黙っていたのだ。だが、慎悟はその気持ちを察していた。
慎悟は両刃が麗菜を好きなのを知っていたから電話したのだ。
両刃は慎悟から電話をもらい急いで帰ってきたが合コンがどこで行われているかを知らないためとりあえず慎悟の家に来たのだ。
しかし、慎悟もいない。頼みの綱のリーもいないのでどうすればいいか迷っているのだ。


「慎悟、ここよ」
麗菜が個室の扉から顔を出して慎悟に言う。
慎悟は敷き詰められたフカフカのじゅうたんで足音を消しながら個室に入る。
「うわぁ〜、片水慎悟だ!」
すでに出来上がり始めている秋山達が言った。
慎悟は秋山達を視界に入れないで木古内の隣に座って木古内の目を見る。
「木古内。今夜は麗菜のお持ち帰りはできないからな」
慎悟が個室に入って最初に言った言葉がこれだ。
木古内はフッと笑い美実を見た。美実は恥ずかしそうに顔を赤らめて、ミナたちの4角関係を見ている。
木古内と美実の態度に首をひねりながら慎悟が木古内に聞く。
「男の動きは?」
「ステーキを単品で4つ頼んだ」
「そんなの聞いてるんじゃねえよ」
慎悟が正面の個室を見ながら言う。
「三人の男が入っていった。確かあれは昇竜組の組長の三神だったな。あとの二人はたぶん腰巾着だ」
昇竜組とは最近、品川の辺りを牛耳(ぎゅうじ)っている暴力団だ。三上はまだ若いが顔に凄みがある。部分的に言うとスキンヘッドと十字傷だ。
最近その組は銃などの武器を大量に買い占めている。今日もその一つなのだろう。
慎悟はポケットから携帯を出す。慎悟はワゴン車に置かれている携帯にかける。
「リー。外に強面の男はいないか?」
『強面の人ならビルの入り口に立ってますよ。黒い車を路上駐車してタバコを吸ってます』
リーが車の陰からビルの前を見ると数人の強面がタバコを吸ってる。
「木古内、どうする?」
慎悟が木古内に聞く。
「まだ目撃情報が一人しかいないんだ。だからまだ突入するわけにはいかない」
「昨日の傷の男よ!」
麗菜が叫ぶ。ただし、ミナたちの4角関係の盛り上りっぷりにその声は負けている。
「なにか、いかにもっていうハプニングが起きないとな」
慎悟が腕を組む。
すると、慎悟の言葉を待っていたかのように正面の個室から怒鳴り声がしてきた。その声はドアを閉めている慎悟たちの個室まで聞こえる。
「ミナさん、美樹さん、美実さん」
慎悟が正面の個室をにらみながら言う。
「その出来上がってる男性人を外に出してくれますか?すでにコンパどころの騒ぎじゃなくなってきました」
ミナたちはまったく酔っていなかったので普通に立てたが、すでに男性人は酔っ払っている。
「木古内。手伝ってやってくれ」
木古内が慎悟の命令に文句を言おうとした時、正面の個室から銃声がした。
「急げ!」
慎悟が叫ぶ。
木古内はそこでヒュッとテーブルを飛び越え、一番酔っていた秋山を担ぐ。ほかの二人は銃声で何とか正気に戻った。
「俺の合図で逃げろ!」
慎悟はそう言うと個室のドアを開けて正面の個室のドアを開けた。
「逃げろ!」
慎悟が木古内に叫ぶ。
木古内がビュッと風を巻き起こして出て行く。それにミナ、美実、美樹、佐渡、幹司と続く。
個室の中では傷の男が三神に向かって銃を向けていた。
腰巾着は片方が左肩を撃たれている。一人が傷の男に殴りかかるが男の蹴りで気を失った。
傷の男が重たそうに頭を持ち上げてドアのほうを見る。そこには慎悟が針砕流の構えで立っている。
「またおまえか・・・」
傷の男が両手に銃を持ち、片方を三神、もう片方を慎悟に向けた。
「悪いな。不運を持ち込むのが天生らしい」
慎悟はそう言って拳をギュッと握る。
「じゃあその後ろの奴もか?」
慎悟はそう言われて後ろを向く。驚くことに後ろにはビートが立っていた。
「まったく。俺ってやつは個室の外まで注意をしねえからこういうやつらがまとわりつくんだよな」
傷の男はそう言って慎悟たちに向けた銃を下ろす。
その瞬間、ビートが動いた。が、慎悟に肩をつかまれた。
「なんだ!」
ビートが怒鳴る。
「動くな。死ぬぞ」
慎悟が落ち着いて言う。
「あいつが銃を下ろしたんだ、チャンスじゃないか」
「まだ三神に対して銃を向けている」
慎悟の言葉にビートが傷の男を見る。
男は慎悟の言葉を聞いて笑っている。銃はまだ三神に向けられている。三神は腰が抜けて座り込んでいる。
「今動けばあいつを倒せるかもしれないが、おまえがあいつに殴りかかった瞬間に三神が殺される」
慎悟の言葉に、前に進もうとしていたビートの力が弱まった。
「世間をにぎわすビートも片水慎悟には負けるのか」
そう言って男は慎悟に廊下へ出ろとあごで促す。
「ここはおとなしく従っておこう」
慎悟はそう言ってビートをつかみながら廊下に下がる。
男は三神の胸倉をつかむと立たせて廊下に出てきた。
「悪いが人質になってもらうか」
男がそういうと外からサイレンの音が聞こえてきた。
「木古内の部下も来るのが遅いんだよな」
慎悟はそういうとビートと一緒にホールのほうへ歩いていった。


「木古内さん!」
リーが慎悟の車の前から木古内に声をかける。
「あら、リーじゃない」
ミナたちが明るく手を振るが、リーはできる限りミナたちと距離を保っている。
「慎悟さんは?」
リーが聞く。
「傷の男のいる個室にいる。俺たちは逃げろと言われたから逃げてきたんだ」
「お、2次会に行くのか?」
木古内の背中で酔っ払っている秋山が呑気に言った。
「いい加減目を覚ませ」
そう言うと木古内は背中に乗っていた秋山を地面に叩きつけた。
それと同時にパトカーがビルの前に止まった。満濃が下りてくる。
「木古内、状況は?」
「すでに発砲の騒ぎがありました。ホールにいる客は全員昇竜組の組員です。組員は今にも発砲しそうでしたよ。二階レストランには数人の店員と片水慎悟がいます。」
満濃の質問に的確に答える木古内。
ぞろぞろとパトカーがホテルの前に止まる。
「リー君。車をどけるために道を作るからすぐにどかしてくれるか?」
「いや、僕は運転できないんで」
リーはそれだけ答えてビルから出てきた客を見つめる。木古内のあとに食事をしていた客が数人出てきた。
「木古内さん。麗菜さんは?」
リーの言葉に木古内は周りを見まわす。
「あれ?」
木古内が首をひねる。
「まさかまだなかに・・・」
リーと木古内がビルを見上げる。


「イタたたた・・・」
麗菜はまだ個室の中にいた。最後に出ようと思ったのだが、久しぶりにハイヒールを履いたので足をくじいてしまったのだ。
麗菜は這いつくばって個室を出る。誰も麗菜がいなくなったことに気づいてはいない。
麗菜はそばにある窓の桟につかまると、何とか立ち上がって歩き出した。
一メートル歩けば普通のテーブルの並ぶホールに出る。そこならまだ逃げていない客がいるから歩くのを手伝ってもらえるだろう。麗菜はそう思っていた。
麗菜がホールに入ると席はまだ半分ほど埋まっていた。空いている席は今まで誰かが食事をしていた形跡がある。座っている客は誰も動揺していない。
麗菜は不思議に思った。そして気づいた。
席に座っているのは全員強面の男だ。
座っている客は全員が昇竜組の組員だった。組員が座っているテーブルの間を、店員がおろおろしながら料理を運んでいる。
近くのテーブルに慎悟とビートが傷の男に銃を向けられて座っている。
テーブルに座っていた男が内ポケットに手を入れながら麗菜に言った。
「とりあえ
ず座れや」
そういいながら男は拳銃を取り出した。
麗菜は急に足の力が抜けて座り込んだ。そして頭の中に一人の男の名前が浮かんだ。
両刃、助けて。



「犯人は数人の人質とともに二階のレストランにいる」
木古内が到着したばかりの刑事に状況を説明する。
「人質の中には片水慎悟がいる」
「じゃあ安心ですね」
木古内の言葉に新米の刑事が笑って言う。
「なにがだ?」
木古内がその刑事をにらむ。
「だって片水慎悟が中にいるなら何もしなくったって事件は解決しちゃうんじゃないんですか?」
新米の刑事の言葉に木古内はため息をついて言った。
「片水慎悟が個室に入ってからすでに十分経っている。普段のあいつならとっくに事件を解決してるはずだ。だがあいつはまだ中にいる。なぜだかわからないのか?」
木古内の言葉に刑事が首をひねる。ただ、その間もヘラヘラ笑っている。
「片水慎悟でも手を出せないようなきつい状況なんだ。ヘラヘラ笑ってるな!」
木古内は新米の刑事を一喝した。
木古内は普段は慎悟をライバル扱いしているのだが、今は同じ犯人を捕まえようとしているので慎悟の肩を持っていた。
「拳銃携帯命令は?」
木古内が満濃に聞いた。
「出ている。みんな持っているよ。おまえも取りに戻れ」
「大丈夫です」
満濃の優しい言葉を木古内は断った。
「そんなことして片水慎悟に手柄を取られるのはいやなんで」
・・・やっぱり慎悟へのライバル心は消えないようだ。


「三神が俺の条件を満たさなかったからちょっと撃ったんだよ」
傷の男は慎悟とビートに言いながら座っている三神に向かって銃を向けている。
「まあ、これで条件を呑む以外に方法はなくなっちまったようだけどな」
そう言って男は引き金を引こうとする。昇竜組の組員は下手に動けば三神が撃たれるので何もできない。
「とりあえず俺の条件を呑め。そうすりゃ殺しはしねえから」
「脅しに乗るな」
ビートが言った。ビートたちと男の間は距離があるので近づこうとすれば撃たれるのだ。
「おい、傷男。もう警察がこのビルの周りを取り囲んでるんだ。逃げるに逃げられないぞ」
ビートは粋がって(いき)いるが、慎悟にはわかる。ビート、風上創次は明らかに怯えている。肩が震えているのが慎悟には見える。
「俺の名前は猪狩だ」
傷の男が言う。傷男と言う呼び方がやならしい。
男が簡単に名前を名乗るのは、本気で警察から逃げる自身があるからだ。
「たかが警察の包囲網を突破できないでこんな仕事やってられるか。五年前もできたんだ」
ピクリ
慎悟の耳が動いた。
「今、なんて言った?」
慎悟が聞く。
「五年前もできたのさ。あのバカな警備員を倒し、100人の警察をあっという間に振り払った。あの銀行強盗はできるワザだったな」
慎悟の記憶の扉が完全に開いた。昨日のダンスバーでも記憶の扉がゆれたがこういうことだったのだ。
「おまえが両刃の彼女を殺した銀行員か・・・」
慎悟が静かに言う。
「そうそう。この間雑誌に書いてあったな。『呪われた刑事・I』だっけ?あれは石神両刃。おまえの部下なんだよな」
以前の沖ノ鳥島の事件に加えて偶然というものは恐ろしいことがわかるだろう。最悪の偶然のめぐり合わせがくりかえされたのだ。
慎悟の拳が怒りに満ちた。慎悟は今、般若のように怒っている。
慎悟は何とか感情の制覇をした。ここで落ち着かなければここにいる人間を一人も救えない。
「今日はあの部下は来てないのか?」
「ああ」
慎悟は無表情でそう答えた。
が、すぐに笑った。
トン
窓の外で何か音がした。
「さっきの言葉は訂正。やっぱり来てるよ」
慎悟が笑いながら窓を指差した。
バリーン
猪狩の後ろで盛大にガラスが割れる。
そこにいたのは……、


「ねえ、麗菜は大丈夫なの?」
少し前、木古内たちと少し離れてリーは美実にそう聞かれていた。
「大丈夫です。きっと慎悟さんが助けます」
そう言いながらリーはワゴン車に寄りかかった。内心、リーも心配なのだ。いつもの慎悟にしては時間がかかり過ぎている。リーは木古内と同じことを考えていた。
ワゴン車は道を作ってもらったものの、誰も運転しないのでそのまま置かれている。
ワゴン車のための道の周りにはいくつかのテレビ局の取材クルーが陣取っていて、道の反対側には黒い車が止まっている。
「こんな時に両刃さんは・・・」
リーはそう言って、両刃はどこにいるのだろうと考えた。
が、その答えは案外早く出た。
ワゴン車のために作られた道を真っ白なものがビュっと通り抜け、ワゴン車の屋根に飛び乗るとそのまま2階の窓につかまった。
リーが見上げると真っ白な背広を着た両刃が右手に灰皿を持って2階の大きい窓のさんにつかまっていた。
「両刃さん!」
リーが叫んだ。
両刃はそれに答えずに右手の灰皿を振りかぶると窓に叩きつけた。
バリーン
窓ガラスが盛大に割れる。
リーが目を開く。
両刃はリーを一度も見ずにビルに入った。
リーが呆気にとられる。ミナたちも両刃の行動のすばやさに度肝を抜かれていた。


慎悟は両刃の格好を見た。
白い背広で、窓ガラスを叩き割って入って来る。両刃にしてはなかなかの登場の仕方だ。慎悟は人知れずそんなことを考えていた。
「麗菜。迎えに来た」
両刃はそう言って慎悟の隣に座っている麗菜のところへ行こうとしたが、昇竜組の組員と猪狩が両刃に銃を向ける。
「仮におまえらが俺を殺したとしても、俺もおまえらを殺す」
慎悟は両刃の殺意のこもった言葉に鳥肌が立ち、それと同時にそのセリフに聞き覚えがあった。
「それが五年前も言えたらな」
猪狩の言葉に両刃は首をひねる。
「俺が五年ま・・・・」
猪狩がそこまで言った時、昇竜組の一人が突然動いた。
サングラスをした組員がテーブルの上に置かれていたアタッシュケースをつかむと両刃が入ってきた窓から飛び降りた。
猪狩がはっと息をのみ、両刃を押しのけて窓から下を見た。
だが、今度はビートが猪狩を押しのけて窓から飛び降りた。
「慎悟!ここはまかせろ!ビートを追え!」
両刃が叫ぶ。
「両刃が助けるから」
慎悟は麗菜にそうささやくと、窓から下を見ていた猪狩を押しのけて飛び降りた。
ワゴン車のために作られた道を男とビートが走る。警官は男に気づいたがテレビクルーに邪魔されて男に向かって進めない。
男はホテルの前の道の反対側に止められていた黒い車に乗った。それはさっきまでホテルの前に止められていた昇竜組の車だ。
車が走り出す。
ビートが必死に追いかける。だがさすがに車に追いつくだけの力は無い。車と50メートル近く離れた時、ビートの隣を黒いワゴン車が並走し、ドアが開いた。
「ビート、乗れ!」
慎悟は片手でハンドルを握りながら言う。
ビートが運転席に飛び乗る。
だが、たかがワゴン車なのでそんなに運転席が広いわけではない。二人は運転席でもみくちゃになり、口喧嘩をしながら二人を追った。あとからぞくぞくとパトカーがついてきた。


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