「ただいま」 自分の部屋のドアを開けて慎悟が言った。後ろには両刃がいる。 「どこ行ってたの?」 月島が慌ててドアのところに来ていった。 「鍵ぐらい閉めとけよ」 慎悟が頭を抑えながら言った。 「また頭痛がするの?」 「すこしね」 「頭痛薬飲む?」 「そんなので治る頭痛じゃないよ」 両刃がドアを閉めていった。 「月島。慎悟から離れるなといっただろう」 両刃がとても怖い顔をしていった。 「でも、どうやってでたの?」 月島が不思議そうに慎悟を見るが、慎悟は冷蔵庫の中からビンのコーラを取り出してビンの口を握りつぶした。そしてギザギザの切れ目から直接口を付けて飲んでいる。 「慎悟、答えてやれ」 「めんどくせえ」 慎悟は一気に飲み干すと言った。 「悪いけどもう寝させてもらっていいか?」 慎悟がビンをゴミ箱に捨てて言った。 「明日はちゃんと仕事に復帰してくれ」 両刃がそう言って出て行った。 「ちょっと待って」 月島が両刃に続いて外に出て行った。 「なんだ?」 両刃はいかにも迷惑だとでも言いたそうだ。 「そんな迷惑そうな顔しないでよ」 月島が口を尖らせて言った。 「いいから用はなんだ?」 両刃がイライラと言った。 「慎悟の頭痛の原因なんだけど・・・」 「慎悟から聞いたよ」 「あっそう・・・」 「それだけか?」 月島はまだなにか言いたそうだ。 「なんだ!?」 広い廊下に両刃の声が響く。 「そんな大きい声出さないでよ」 「どうしました」 リーが部屋から顔を出して言った。 「なんでもない。部屋で明日の計画表を出しておいてくれ。話したいことがあるんだ」 両刃が目を柔らかくして言った。 「はい」 リーは顔を部屋の中に引っ込めた。 「なんだ?」 「慎悟の親のことなんだけど」 「そのことも聞いたのか?」 両刃が興味なさそうに聞いた。 「ええ。それで・・・」 「オレのせいだ」 両刃が月島の言葉をさえぎって言った。 「あいつの親・・・、オレの先輩だった片水悟(さとる)さんはオレのせいで死んだようなものなんだ」 「でも・・・」 「間接的だとでも言いたいのか?」 両刃が月島をにらんでいった。 「もし直接的にオレが殺したのではなくて間接的になのだとしても、オレが殺したのに変わりは無い」 「だから・・・」 「慎悟の母親だってオレが殺したようなものなんだ。全てオレが悪い。」 「私の話を聞きなさいよ、両刃!」 今度は月島が怒鳴った。 「わたしはあなたをせめたいわけじゃないのよ!」 両刃は自分より年下の月島に呼び捨てされたがなにも言わなかった。 「慎悟の気持ちを知ってる?」 月島が少し考えてから言った。 「いいや」 両刃は無表情に答えた。 「慎悟はぜんぜんあなたのことを恨んでなんかいないのよ」 両刃はまだ無表情だ。 「あなたは、自分が慎悟の親を殺して、慎悟があなたのことをとても恨んでいると思っているのかもしれないけど、慎悟はまったくそんなことを考えていないわ」 両刃はじっと月島を見ている。 「誰もあなたに責任を感じてほしいなんていってないじゃない。やめてよ、そうやってくよくよするの」 「誰がくよくよしている!?」 両刃が怒鳴った。 「あなたよ!」 「くよくよなんてしてない!」 「してるじゃない!じゃなきゃ、自分のことだ、自分が悪いなんて言い続けないでしょ!もう五年も経っているのよ!!!」 「おまえは何も知らないからそんなことをいえるんだ!」 「知るべき事は全て知ってるわよ!」 「どうだかな」 「とにかく、くよくよしてないでよ!男でしょ!」 「黙れ!」 両刃が手を上げた。月島がキャッと頭を抑える。両刃が慌てて手を下げる。 「すまない・・・」 両刃がうつむきながら言った。 月島は頭を押さえていた手を下ろすと両刃の顔を思いっきりひっぱたいた。 「おあいこね・・・」 月島がうつむきながら言った。 『オレは手を上げただけだぞ・・・』 両刃はそう言おうとしたが黙っていた。 「じゃあ・・・」 そういって月島は部屋の中に入っていった。 両刃はたった今閉まったドアをじっと見てから自分の部屋に入っていった。 PM 7:50 「今日の予定は?」 慎悟がルームサービスの朝食を食べながらリーに聞いた。 「今日も総理の警護です。今日はこの近くの観光地と小学校を訪問します」 「ふ〜ん」 慎悟は興味なさそうに聞いてベーコンをかじった。 「それから?」 「それだけです」 慎悟がフォークを皿の上に落とした。カチャンと音が響いた。 「だけ・・・?」 慎悟が絶望的な声をだした。 「しかたがないです」 リーが今日の予定のかかれた薄っぺらい用紙をひらひらさせていった。 「いいじゃない。仕事が少なくてお金をもらえるのよ」 無神経なのか月島がそんなことをいう。 「ルールブック読んでないのか?」 慎悟が皿を片付けながら言った。 「またルールブック!もういや」 月島が頭をかきむしった。いまにも「キーッ」とでも叫びそうだ。 「今私の顔を見て何を考えてた?」 月島が変な目で慎悟を見た。慎悟はとぼけて首をブルンブルンふった。 月島がまだ変な目で見ているので慎悟はテレビの電源をつけた。 テレビではまだ台風のニュースをやっている。 『今週になって姿を現した台風は、速度は至上最も遅い時速十二キロ、中心気圧は至上最強で900ヘクトパスカル。 今週末の土曜日に沖ノ鳥島に直撃する予定です』 「台風が来るのは明後日だね。大変そうだね。沖ノ鳥島の訪問は」 「ええ」 慎悟が話をそらせようとしているのに気づいたリーは協力しようとしたが月島はまだ変な目で慎悟を見ていた。 「いい加減そんな目で見るなよ。今日は麗菜に仕事をやるから」 「なに?」 「今朝調べたんだ」 そういって慎悟は一つのノートを月島に渡した。 「なにこれ?」 「今日行ってもらいたい土産物屋と買ってほしいもの」 「こんなにあるの?」 月島が薄っぺらいとは言え50ページほどあるノートのページをめくりながら言った。1つのページに十件ほど店が書いてあり、全てのページが埋まっている。 「一日あるんだから、それくらい回れるだろ」 「ええ」 「そうだ!リー、月島を手伝ってやれ」 「え?ボクですか」 いきなり名前をよばれたリーは慌てて否定し始めた。 「いやですよ。ボクは総理の警護って言うから沖縄まできたのに」 「総理の警護じゃなかったら来なかったのか?」 「たぶん」 「そうか・・・」 慎悟があごに手を当てて考え始めた。 「リー。おまえは所長の命令にしたがわないのか?」 慎悟がちらりとリーをにらんだ。 「そんな・・・」 リーが絶望的な声を出すが、 「おまえはまだ麗菜としっかり話をしたことが無いだろ?いい機会だから一緒に行って来い。明日から警護をがんばってくれ」 「でも・・・」 「今日はたいしたスケジュールも無いんだから、だれも総理を襲ったりしねえよ。行って来い」 そういって慎悟は布団の中にもぐりこんだ。リーは、布団にこれ以上何も聞きません、とでも書いてある気がした。 「とりあえず、両刃さんに言ってきます」 リーがそういうと慎悟は布団から手を出してひらひらさせた。 「どういうつもり?」 リーが出て行くと月島が慎悟の布団をはがして聞いた。 「なにが?」 「ほとんど初対面の男の人といっしょにするなんて」 「なんだそれ・・・」 「それより、もう出かける時間よ」 「あっそ・・・」 「はやくしなさい!もう両刃はロビーで待ってるわよ」 「めんどくせぁ・・・」 「なにしてたんだ?」 両刃がロビーで足を貧乏ゆすりしながら言った。 「べつに」 慎悟はそういって両刃の隣に来た。 「勝手にリーの勤務をはずさないでくれるか?」 両刃がいらいらといった。 「だってあいつは週六回仕事してるじゃないか」 「週七回だ」 両刃が訂正する。 「多いことに変わりは無いだろう」 慎悟が首をひねりながら言った。 「とりあえずあいつは入所してから一回も休みとってないんだから少しくらい休ませてやろうぜ」 「勤務はさせないとならない。ルール・ブックに書かれている」 「土産物屋に行くのはオレからの命令だ。一応勤務にはなるよ」 「屁理屈をいいやがって」 両刃がいまいましそうに慎悟を見た。 「総理は?」 月島がロビーを見回して言った。 「まだ部屋だ。オレたちはこれから外で総理を迎える」 両刃が月島の格好を見ながらいった。 「なによ?」 「ルール・ブックをちゃんと読んだようだな」 両刃が満足そうにうなずきながら言った。 「え、ええ」 「じゃあ外に出よう」 そういって両刃は外に出て行った。 「ルール・ブックになんてかいてあるの?」 月島が慎悟にきいた。 「今日の仕事をもう一つ。ルール・ブックに全て目を通すこと。以上」 そういって慎悟も出て行った。 「なんて書いてあるか教えましょうか?」 リーが取り残された月島に言った。 「どこにいたの?」 いきなり現れたリーに月島がびっくりして言った。 「ずっとここにいましたよ・・・」 リーが悲しそうに言った。 月島はそんなリーの肩をたたいて外に出て行った。 外では慎悟と木古内が言い争っていた。内容は今日の仕事は木古内が独占したいそうだ。 「ねえ、リー」 「はい」 「慎悟っていっつも言い争ってるの?」 月島がリーにきいた。 「べつにそういうわけじゃないんですけど・・・。なんか、慎悟さんのまわりにまともな人がいないというか、慎悟さんがまともじゃないというか・・・。そいうので意見の食い違いがいつもできるんです」 「ふ〜ん」 「一応、正当な理由があって言い争ってるんですけどね」 「あの人は誰?」 月島が木古内を指差して聞いた。 「月島さんはあったことが無いかな。あの今回の警護で警視庁長官から警護に当ててくれって推薦された木古内さんです。最近何件も難事件を解決してるそうですよ」 「慎悟と比べたらどっちが多いの?」 「それはもちろん慎悟さんです」 「じゃあ、言い争っても不思議じゃないのね」 「ええ」 そういって慎悟たちの側までいった。 「いいか、慎悟!」 木古内が慎悟に一方的に文句を言っている。 「おまえは所詮子供だ。しかも東大を合格したとしても探偵。それなのにいくつも警察の事件に首を突っ込んで」 「仕事だから」 慎悟が耳をかきながらいった。 「このあいだのラブホテルでも、新見の相手をこっそり逃がしたそうじゃないか」 「知るかよ・・・」 慎悟はそう言って後ろにいる月島を見て笑った。月島も笑う。数日前に取り逃がした女が目の前いるのに気づかない木古内を笑っているのだ。 「本当のことを言え!逃がしたんだろう!」 「さあね・・・。木古内、そんなことより昨日言った新しい仲間を紹介しよう」 慎悟はさらりと木古内の話をそらして月島を隣にひっぱった。 「木古内、新しい仲間の月島麗菜だ。オレの家に住んでる。麗菜、こちらは警視庁長官の息子さんの木古内城さんだ」 「はじめまして」 月島が笑って手を差し出した。ただし、この笑いはさっきの笑いが継続したものだ。 木古内はというと、月島を見てかたまっている。 「どうした?」 慎悟が少し心配そうに聞いた。ただし、顔は笑っている。これもさっきの笑いが継続したものだ。 木古内の口から言葉がこぼれた。 「きれいだ・・・」 月島の美しさに見とれているのだ。 木古内は、慎悟との言い争いの途中に急に天使が舞い降りたように見えたのだ。 「麗菜、こいつは美人に弱いんだ」 そういって慎悟が月島を見た。月島も自分を見るが不思議そうに首を振った。 「美人なんだよ」 自分がきれいかどうかの判別もつかないこの女(月島)に慎悟は言った。 木古内はまだ見とれている。 「木古内、そろそろ総理が来るからシャンとしてくれ」 慎悟が木古内の耳元でそうささやくとハッとわれに返って慎悟の首をつかんで月島たちから10メートルほど離れた。 「どうしたのかしら?」 「おまえがルール・ブックに書かれていることを忠実に実行してくれた。それだけだろう」 両刃が背広のえりを一ミリ一ミリ丁寧に正しながら言った。 「あっそう・・・」 ルール・ブックを読んでいない彼女にとっては何のことかさっぱりわからないのだ。 「あとでボクが教えます」 リーが小さい声で両刃に聞こえないように言った。 「ありがとう。それからもう少し話し方を柔らかくしていいわよ。年なんか関係ないから」 月島がそういうとリーは一瞬なぜ年下だとわかったのかと聞こうとしたが黙ってうなずいた。 「両刃、私がやろうか?」 神経質にえりをいじっている両刃を見るに見かねて月島が言った。 「わるい、頼む」 そういってえりから手を離すと月島がえりをなおした。 「昨日はすまなかった」 両刃が静かにそういった。 月島はえりから手を話して笑った。 「いいのよ」 その笑顔に両刃もほんの少しとりこになりそうになった。 「両刃、問題がおきた」 慎悟が木古内から解放されて戻って来ると言った。 「どうした?」 「木古内が戦力にならなくなった。今日はオレたちに警護を全て任せて沖縄を観光したいだとさ」 「なんでいきなり?しかもあんな仕事熱心な奴が?」 「恋だろ」 慎悟がニヤニヤしながら言った。 両刃は月島を見る。そしてホテルの中に入ろうとしている木古内を見て、もう一度月島を見てから慎悟に言った。 「質問がある」 「なに?」 「今日の勤務から木古内ははずれるんだな?」 「ああ」 「もしかしてあいつは月島に着いて行くつもりか?」 「ん〜、難しい質問だね」 慎悟が腕を組んだ。 「着いて行くとしても警察の尾行のようなもんだろう」 慎悟が言うと両刃はため息をついた。 「大丈夫。そのためにオレは月島にリーをついていかせるんだから」 「あっそ」 慎悟の目的がやっとわかった両刃の言葉には力がなかった。 「そろそろ総理が出てくる。あいつが勤務を外れてリーも外れる。あとは下っ端とお前とオレか」 「たのしいね」 おもいっきりローテンションの両刃に慎悟はにっこり笑いかけた。 「あとは、この『のーまんじゅう』ね」 「はい」 午前12時10分。 50ページにおよぶ慎悟の買い物リストの49ページまでを午前だけでおえ、最後のひとつになった。 「よく午前中だけでこれだけ買えましたね」 リーがタクシーに詰め込まれた大量のお土産を見て言った。 「まあね!!」 麗菜が大声で返事する。 「元気ですね」 リーが月島を見て言った。 「若いから!」 元気いっぱいでタクシーに乗る月島を見てリーは軽くため息をついた。 『ボクのほうがほんのすこし若いですけどね』 リーは静かに思った。 「お客さん、買い物ばかりで全然観光をしてませんね」 タクシーの運転手が助手席に乗っているリーに言った。 「買い物を頼まれたんです」 「あれ、お客さん日本人ですか?」 「いえ、生まれは中国です」 「ですよね。日本語うまいですね。どこから来たんです?」 「東京です」 「はー、東京ですか。東京の人は違うね〜」 「なにがです?」 リーが不思議そうに聞いた、 「東京の人はやっぱり格好がいいですよ。お兄さんたちもてるでしょう?」 運転手はそういってリーを見てから裏を見て月島を見た。 リーは慌てて運転手の体を前に向かせる。 「そうですか?」 月島がテレながら言う。 「余計なのにももてますけどね・・・」 リーは木古内を思い出して言った。 「そういえば、リー。ルール・ブックにはなんて書いてあるの?」 月島は朝、両刃が月島のことを見ながら、 「ルール・ブックをちゃんと読んだようだな」 といったのを思い出した。 「ああ。『男の探偵はハードボイルドでかっこよく。女はきれいで理知的に見えるように。女はできる限り白くて清楚な感じの服を着るように』って書いてあります」 「なにそれ?」 月島が変な目でリーを見た。 「そんな目で見ないでください。ボクが悪いんじゃないんですから」 そういってリーは座りなおして、 「なんだか、片水慎悟探偵事務所の所員はできるだけしっかりとかっこよく見えるようにするんだそうです」 「ふ〜ん」 月島は自分の服を見た。真っ白なノースリーブとレースのスカート。 「こんなのでいいの?」 「はい。白い服を着ているし、きれいで理知的に見えます」 「私もそう思います」 運転手はそう言ってもう一度裏を向いた。 「前を向いてください」 リーはまた運転手の体を前に向かせた。 「ところで、片水慎悟探偵事務所ですって?」 運転手がリーの顔を見ながら言った。 「ええ。私たちはそこに勤めているんです」 「すごい!」 運転手がいきなり手を離した。リーが慌ててハンドルを握ると運転手もハンドルを握った。 「片水慎悟といえば有名人じゃないですか」 「ええ」 月島が自慢げにうなずいた。 リーはよくしゃべる運転手だと思った。こんなに話をする運転手は初めてだった。もともと彼はタクシーにあまり乗らないのだ。 「ところでお二人さん観光はしないんですか?」 「このあと、一つお店に行ったら観光をするつもりなんです」 月島が裏で、トランクに積みきれなかったお土産を押さえながらいった。 「どこから見ていくつもりですか?」 運転手が裏を向いて言った。 「まだなにも決めていないんです」 リーが運転手の体を前にむけながら言った。 「そうですか?とりあえず、後ろの車にはきをつけてください」 運転手がハンドルを握りなおして言った。 リーは車の後ろを見てみた。赤いフェラーリがいる。 「あのフェラーリさっきのお店にもいたわ」 月島が落ちてきた荷物を上手に足でキャッチしながら行った。 「その前にもいましたよ」 運転手が細い路地に入りながら言った。 「なんでわかるんですか」 リーが聞いた。いまいち運転手と仲良くできないようだ。「ナンバーが同じです。それにほら。着いて来ました」 フェラーリも細い路地に入ってくる。 「この路地は一方通行なんですがいっつも向こう側から車が入ってくるんで近所の人は入らないようにしている路地なんです。それなのに入って来るということは着けているんでしょう」 運転手が裏を向いていたのは月島を見ていたんじゃなく裏の車を見ていたのだ。リーは少し感心した。そして、リーは今朝方の慎悟が言っていたことを思い出した。 「木古内さんだ」 月島が言った。 「ストーカーはやめろと言いますか?」 リーが後ろを向いて聞いた。 「いいじゃない。」 月島がなんでもないというように言った。 リーはどうするか考えた。 前々から木古内にはいいイメージは無かった。今日のこの行動でそのイメージにさらに磨きが増した気がした。 「そんな考えこまなくったって私が言うわよ。やめてくださいって」 「いえ、ボクがいいます」 月島がせっかく言ったのにリーは断った。 「なんで?」 「ボクは慎悟さんにあなたを守るという仕事をまかされたんです。これもボクの仕事のうちです」 そのことばには自分の仕事をまっとうするという強い意志が感じられた。 月島はリーが仕事熱心だというイメージを増した。 一方、そのころ慎悟と両刃は那覇市立中学校の校庭で生徒と触れ合っている総理を警護していた。 「両刃」 「なんだ?」 「暇だ」 「我慢しろ」 「逃げていい?」 慎悟の文句に両刃はあくまで冷たく返事をする。 「仕事中だ」 「いいじゃんちょっとくらい」 「この間はそんなこといって一時間帰らなかったことが無かったか?」 「あの時はあの時。この時はこの時」 「信じられないな」 「もうしねえから」 「おまえに執行猶予は無い」 「オレは執行猶予にぶら下がるようなガキじゃないよ」 「どうだか」 「本当だって」 「本当には聞こえない」 「暇なんだよ」 「あそこの女子のところに遊びに行ってくれば?」 これは両刃の皮肉だ。 「どういう意味だよ?」 慎悟はまったく気づいていないが、生徒の八割は総理より、総理の警護をしている慎悟のほうに興味があるようだ。いや、興味の域をこえているかもしれない。 「なるほど」 慎悟は両刃に説明されてようやく気づいた。 「でもそんなに人気あるの?」 「東京でいくつかバラエティ番組と政治の解説番組に出ただろ?」 「ああ」 「2、3個ドラマにも出ただろ?」 「出たくて出たんじゃないけどな」 「それからおまえは世間一般でかっこいい人の中に入るんだ」 「それって根拠あるの?」 「一昨日、地下鉄に乗ったら広告の『今一番抱かれたい男たち』とかなんとかにおまえの写真が出てた」 「オレみたいなのでいいならいつでも抱いてやるけどな」 慎悟が手を広げて言う。 「それより、来るぞ」 両刃がかたまっている女子の中学生の群れがやってきた。 「そんなこというけどおまえだってかっこいいからな」 慎悟が近づいてくる集団を見ながら言った。 「なにをいきなり」 「堤真一に似てるよ」 「堤真一?」 「おまえはテレビを見ないのか?」 「おまえが出るときは仕方がなく見る」 「ふ〜ん」 「堤真一ってかっこいいのか?」 「おまえが言う世間一般のかっこいい人の中に入っているよ」 「ふ〜ん」 顔には出さないが両刃も一応喜んでいるのだ。 PM 9:02 「こんなにあったか・・・」 慎悟が警護を終え、やっと部屋に戻ってくると、月島が部屋に持ってきた大量のお土産見て言った。 「これをほとんど午前中で買ったんだからね」 「はいはい」 月島が自信満々に言うが慎悟は適当に返事をした。 「今日はどうだったの?」 月島が荷物を整理しながら、ベッドでごろごろしている慎悟にきいた。 「たいしたことないね」 「あらそう」 月島がにやにやしながらいった。 「もてたそうじゃない」 「誰に聞いた?」 慎悟がベッドから起き上がって月島を見た。 「両刃よ」 「あいつ・・・」 「ねえ、どうだった?自分と同い年のファンは?」 「オレはもう寝る!とっととルール・ブックでも読んで寝ろ!」 「もう寝るの?」 「明日はアメリカ大統領を空港まで迎えに行くから、いろいろ準備があって早く起きるんだ」 「ふ〜ん」 「じゃ、おやすみ」 そういって慎悟は布団の中にもぐりこんだ。 「ちょっと散歩してくるわね」 一応そう言って月島は部屋をでた。そしてエレベーターに乗り屋上にむかった。 屋上は外灯の光とスカイラウンジの明かりだけだった。明日が新月だったので月の明かりはほとんど無い。 月島は手すりによりかかって下を見た。そして、どうやって慎悟が昨日の夜に部屋の外に出たのか考えた。部屋のドアのところに風呂があるので、見えなくてもドアを開ければ音は聞こえる。だがその気配はしなかった。つまりほかの出口から出た。つまり窓だ。 そして月島は屋上から下の部屋に飛び移れるかを考えた。 「無理ね」 月島はあっさり答えを出してしまい、慎悟がそれをやってのけたのがわからない。 「なにをしているんです?」 後ろから声がして月島は後ろを見た。 木古内だ。 「初対面の人でも軽く話しかけるんですね」 月島はあきらかに木古内を警戒している。 木古内はそんな月島にはお構いなく月島の隣に来て手すりに寄りかかった。 「君みたいな美人がいたら、男は誰でも軽く話しかけるよ」 月島はすこし気温が下がった気がした。 月島は着替えて服が半袖だったので腕を組んだ。 「寒いんですか?」 木古内が背広を脱ごうとしたが月島はスススと移動した。 「どうです?いっしょに一階のバーでも行きませんか?ここは少し寒すぎます」 月島はとりあえずうなずいた。 この男(木古内)は嫌いだが酒は大好きなのだ。ただし、タダにかぎる。 「慎悟?」 両刃が慎悟の部屋に入りながら言った。 ベッドがもぞもぞと動く。両刃はためいきをつくと布団をはぎとった。 「慎悟。月島はどこだ?」 「へ?」 寝ぼけた目をしながら慎悟が答えた。 「一発はたいてやろうか?」 両刃が手の骨をコキコキと鳴らす。 「月島なら散歩するって」 「そうか・・・。木古内の奴がいないからちょっと心配になったんだがな」 「木古内だって警察だ」 「だから?」 「襲ったりしないよ」 この言葉で両刃は慎悟の体に拳を叩きつけようとしたが、慎悟はそれを見もしないでよけた。 「久しぶりにやるか?」 「14歳対29歳だけどな」 その言葉で両刃はベッドに飛び乗った。 だが、慎悟は片手で逆立ちすると両刃に蹴りをくらわす。ベッドのうえでバランスを失う両刃。慎悟はすかさず足をすくう。 両刃は足をすくわれても、ベッドの上でくるりと一回転してとび蹴りを慎悟にくらわす。慎悟はそれを胸にうけ、よろける。 両刃は連続でこぶしをくりだすが慎悟に全てよけられ、最後に腕をつかまれ背負い投げをされた。 「来年三十路だから仕方が無いといえば仕方が無いかな」 慎悟と両刃はここまで、5秒もかからずにやってのけている。 「五年前はオレのほうが強かったのにな」 「あの事件まではな」 慎悟が手を差し出したが両刃に撥ね返された。 「今、おまえは手を抜いただろう?」 両刃が立ち上がりながら言った。 「もちろん」 「ちくしょう」 両刃はそう言って慎悟の肩をたたいた。 「月島が戻ってきたら明日は一緒に行動するように言ってくれ」 「なんで?」 「木古内が警護に復帰するようにするためさ」 慎悟がうなずくのを見ると両刃は出て行った。 「エンジェル・キスを」 バーに入るなり木古内がバーテンに言った。 バーテンはちらりと木古内と月島を見てから黙ってカクテルを出した。 「君は何を飲む?」 木古内は月島に聞いたが月島はバーテンに答えた。 [バーテンさんにお任せするは」 「かしこまりました」 バーテンの顔に変化は無いがなんとなく木古内と月島のサービスに違いがある。 「水の珊瑚礁です。珊瑚礁をかたどってチェリーをいれてあります」 そういってバーテンは月島にカクテルを出した。 「水の珊瑚礁。日本生まれのカクテルで、誕生したのは1950年だ。オール・ジャパン・ドリンクス・コンクールという大会でグランプリに輝いた作品だよ。ペパーミントを使い、甘口の中にもさわやかな味わいだが、ルックスの完成度も高く、今やスタンダード・カクテルの一つとして人気があるね。砂糖でグラスの縁を飾ったスノー・スタイルは波打ち際で砕ける白い波、グラスの中は南の青い海、そしてグラスに沈んだチェリーは珊瑚礁をイメージしている」 木古内がぺらぺらと説明する。 「カクテルには詳しいの?」 月島がとりあえず尊敬した目で見た。 「まあね。家でもよく作るんだ」 そういって木古内は髪をかきあげる。 「バーテンさん。今の説明あってる?」 木古内の髪をかきあげる動作をまったく見ないで月島はバーテンに確認した。木古内の手が髪の中で止まる。 「失礼ですが、お客様が説明したのは水の珊瑚礁でなく青い珊瑚礁です。この水の珊瑚礁は私が作りました。もっともオール・ジャパン・ドリンクス・コンクールでグランプリをもらったのは間違っていません」 バーテンの言葉に木古内は口をあけた。 「残念ね」 「このエンジェル・キスはね・・・」 木古内は名誉挽回しようと今度は自分が飲んでいたエンジェル・キスの説明をし始めた。 だが、今度は「それはエンジェル・ディップだ」とバーテンに指摘された。 そんなやり取りがその後1時間ほど続いて木古内は月島に愛想をつかされたという。 |