第四章 頭痛

     



「あ〜、めんどくせ〜〜〜〜」
慎悟がホテルの部屋に入るなりベッドに飛びのってそういった。
「仕事でしょ」
月島が使おうと思っていた窓際のベッドに飛び乗られて少し不機嫌だ。
「だけど、たいていオレの年齢の14歳の子供はいま勉強している時間だよ」
「あんたはちがうの」
そういって月島はベッドの上でごろごろしている慎悟の背中に重い荷物をドスンとおいた。
「うげっ」
慎悟が舌を出す。
「とりあえずシャワーでも浴びれば?すっきりするわよ」
「いやだ」
「なんで?」
「麗菜みたいにバスローブで部屋をうろちょろしたくないんでね」
そういわれて彼女は自分の格好をみた。バスローブがはだけかけている。
「とりあえず着替えて」
慎悟がかばんから『いつも心に好奇心(ミステリー)!』という本を出しながら言った。
そういわれて月島は風呂に入っていった。
慎悟はそれを見てゆっくり本を読もうとした。が、
「ところで大田総理ってどんな人だった?」
と、風呂からの月島が質問してきたので答えなければならなかった。
「あと一年で髪の毛について悩むことになると思う」
慎悟は適当に答えようとしたが、変な答えになってしまった。
「人柄よ。私が聞いているのは」
「ん・・・。テレビとかで見てどんな印象を持ってる?」
「そうね・・・。ちょっと怖そうね。目がいつも睨んでいるようだし。それにいつもテレビでウソを言っているからいいイメージはないわ」
「ふ〜ん。それとまったく逆だったね。すごく礼儀正しくて優しい。機内ではまったくウソなんか言わないし。冗談は言ってたけど。あと映画の話ができる。かなり話があったよ。『エアフォース・ワン』についてあんなに語り合えた人はあの人が初めてだな」
「あっそ・・・」
月島は木古内と同じく『エアフォース・ワン』を見たことがないので興味がなさそうだった。
「人は見かけによらないということだよ」
「ふ〜ん」
「オレだってそうだろ?」
慎悟が期待した声で言ったが、月島はシカトした。
「ここの眺めは良いな」
慎悟はそういってベランダに出た。ちょうど月島も着替え終わって風呂から出た来て一緒にベランダに出る。
「そうね」
「ただね・・・」
「なに?」
慎悟が文句でもありそうに空港のほうをにらんで言った。
「空港の少し手前に見える建物が気に入らないけどね」
「どれ?」
「あの大きいの」
そういって慎悟は指をさした。
「空港じゃない」
「空港に見えるけど、あれは陸上自衛隊の那覇屯所だよ」
「だから?」
「アメリカがここ(沖縄)にいたという爪あとだよ。
オレにとってここでアメリカと会議開くなんてのはおかしいと思うんだ」
「なんで?」
「なんでだかはよくわからないけど・・・」
月島はため息をついた。こんなでたらめな人の下で働いていると思うと気が重くなるのだ。そして月島は下を見た。いくつ物ベランダが下に並んでいる。
そのとき。
「慎悟、あれ」
月島が指をさした。その先にはベランダからライフルを外に向けている男がいた。男は帽子をかぶっていて顔はわからない。
男は慎悟たちがいる階の三つ下にいる。
「月島」
慎悟が急に真面目な表情になって月島を見た。
「今すぐ両刃に外に出るように言ってくれ。この部屋とあいつのいる部屋が見える場所に行く用にだ。あの男の事も言え。今すぐに!」
そういって慎悟はもう一度下を見た。そしていきなり月島を部屋の中に突き飛ばした。
パン!
下で銃声がした。同時に何かが窓のところを通り過ぎて言ったように見えた。
「急げ!」
慎悟はそういうと部屋に備えつきの冷蔵庫から炭酸飲料のはいったビンを出した。
月島は何をするつもりなのか聞こうとしたが、慎悟に言われたとおり急いで両刃のいる隣の部屋に向かった。
慎悟はそれを見届けるとビンを振りながらベランダにでて下を見た。すると男が銃をかまえている。慌ててベランダに隠れる。
パン!
また銃声がした。音がやんだと同時にビンのふたを開け下にかけた。炭酸飲料水が男の目に入る。
慎悟はそれを見るとベランダの手すりを乗り越えて飛び降りた。

そして下の階のベランダの手すりに飛び乗る。その部屋で銃声を聞いた部屋の主はベランダに出ると少年が飛び降りてきたので驚いた。
「お邪魔しました」
そういうと慎悟はもう一度飛び降り下の部屋のベランダに飛び乗った。ベランダから下を見て男が目を拭いているのを確認すると下の階の床に飛び降りた。
男が慎悟に気づき落としていたライフルをつかみ振り上げてくる。慎悟はそれを軽くよけると銃を持っている手に蹴りをいれた。ライフルが部屋の中に吹っ飛ぶ。
慎悟は軽く飛びあがり顔に膝蹴りを食らわせる。
着地すると相手に拳を向けた。そしてそのままカンフーの構えを作る。

ここまでの動きを文章にして行の数を数えると、すくないことがわかるが、それだけ慎悟の動きに無駄がないのだ。
慎悟にとって自分に銃を撃つという攻撃的行為を加えた時点で相手は自分と戦いたいと思っている、と勘違いするのだ。
慎悟は一瞬で相手を自分の間合いにいれた。そしてそのまま蹴りを食らわせようとする。
が、相手のほうが速かった。慎悟が間合いに入った瞬間に飛び上がって蹴りをいれる。慎悟は攻撃の態勢をかえずにしゃがんで蹴りをよけた。相手が足をついた瞬間にその足に蹴りをいれる。
だが、当たる寸前に相手は飛び上がってベランダの手すりに上った。
慎悟は今まで相手にしたことのないような、とても強い奴を相手にしてることに気づいた。今まで戦ってきた誰よりも強いことが明らかだ。慎悟はそんなことを考えていると男の腰に何重にも巻きつけられたロープに気づいた。
「おまえは誰だ?」
慎悟がロープに目を向けながら言った。
男が首をひねる。
「Who are you?(おまえは誰だ?)」
慎悟が英語で聞いた。もしかしたら、アメリカの沖ノ鳥島問題推進派なのかもしれないからだ
「Who are you?(お前は誰だ?)」
慎悟がもう一度聞いた。
その言葉を聞いて男が笑ったのがわかった。逆光で帽子もあったから笑った顔は見えなかった。が、なぜか笑った感じがした。見るものすべてを凍らせるような笑いだ。
 その瞬間慎悟は頭を抑えた。急に激しい頭痛が襲ったのだ。慎悟はひざまずいた。なんとか男から目を離さないようにしたが、すでに男は慎悟の視界から消えていた。男がいたベランダの手すりにロープが結び付けられていた。慎悟は頭を抑えながらベランダの下を見る。
ロープがピンと張る長さに達した。男はふりこの原理を利用して五階下のベランダにとびのり、ロープをほどいた。
男はベランダから上を見上げ慎悟を見ると帽子を取った。
また、慎悟の頭痛がはげしくなった。痛みで涙が出る。男は帽子をかぶると部屋の中に消えていった。
慎悟は頭を押さえながら部屋のドアを開けた。廊下には銃声を聞いた客が部屋から顔をだしている。
慎悟は急いで階段に向かった。エレベーターの階数表示が一階をしめしている。今からよんだのでは逃げられてしまう。慎悟は階段を手すりに手をのせ、すべるだけで下りていく。
 一方、男は自分が降り立った部屋から外に出て自分がいるのが五階だと気づくと階段に向かい全速力で降りていった。
一階のロビーにつくと何もなかったかのように平然と外へ歩いていこうとする。
だが、扉が開けて外へ出ると二人の男が襲ってきた。
両刃とリーだ。
二人のけりが男の頭をおそう。
男は軽くよけて飛び上がって二人に同時に蹴りを入れる。両刃とリーも弱くはないのでよけると二人で蹴りと正拳突きで男を襲う。
男はそのすべてを軽く手でさばくと二人の首に手刀をくらわせた。二人がよろける。その一瞬で男はホテルの駐車場に走っていった。
両刃とリーが追おうとしたときにロビーから慎悟が出てきた。
「追うな・・・」
慎悟がいった。
「バカな!逃がすぞ!」
「わかってるよ!」
慎悟が怒鳴った。
「だが、あいつは捕まえられない」
「なぜ?」
「強すぎる。おまえらではかなわない」
「何を言ってる。まだ会って数分だろ!なにがわかる」
「気配だ」
「は?」
「あいつが笑ったんだ。そのとき、あいつはオレたちとちがう何かをもっているのがわかった」
「そんな根拠もないこと信じてられるか!」
そういって両刃は駆け出そうとするが、駐車場から男が乗った一台のバイクが出て行ってすぐに見えなくなった。
「慎悟、とりあえずその話はあとで聞いてやるから、沖縄県警に検問をおねがいしよう」
「そうだな・・・」
慎悟は頭をおさえていった。
「すまない、両刃。おまえが木古内に頼んでやってくれるか?」
両刃はうなずくとホテルに入っていった。慎悟の調子が悪いことに気づいたのだ。喧嘩ばかりはしているがその辺の気配りは絶対に忘れないのだ。
「慎悟さん、大丈夫ですか?」
リーが心配して慎悟に聞く。
「あんまり・・・」
「運びましょうか?」
「いや、いい。両刃を手伝ってやってくれ」
「でも・・・」
「部屋までは一人で行く。月島はどこにいる?」
「慎悟さんの部屋に戻らせました」
「わかった。月島に世話をしてもらうからいい」
「はい・・・。本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。行け」
リーは急いでホテルに入っていった。
慎悟はゆっくりとホテルの中に入っていった。
エレベーターで14階につくと壁にもたれながら部屋の前まで行き、部屋をノックした。すぐにドアが開き月島が心配した顔で慎悟の肩を抱いた。
「だいじょうぶ?」
「ああ・・・」
あまり大丈夫ではないが心配かけないためにそう言った。
「ケガは?」
「ない」
「よかった」
そういって慎悟をギュッと抱きしめた
「とりあえず中に入りたいんだけど・・・」
慎悟がきつく抱きしめられ、苦しそうに言ったので月島は慌てて慎悟を放すと中に入れた。
慎悟はよろよろとベッドのところまで歩いていきベッドに倒れこんだ。
「大丈夫じゃないじゃない。どこが痛いの?」
「頭」
答えるのもつらいのでそれだけ言った。
月島は部屋に置いてあったタオルを濡らすと慎悟のひたいの上にのせた。
「いったいなにがあったの?」
「少し黙っていてくれないか?」
慎悟が迷惑そうに言った。
「いや、悪い。ここにいてくれ」
月島がいかにも傷ついたという顔をしたので慎悟が謝った。
「いいわ。ここで静かにしていてあげる。それでいいんでしょ?」
「すまない」
「そんな言い方しないで」
「ごめん・・・」
「いいのよ。少し寝なさい。話は後で聞くわ」
「わかった・・・」
すでに慎悟は寝ているように感じられた。
月島はそっと慎悟の手をにぎった。
月島は今、ドアで、なぜ慎悟を抱きしめたのか考えた。
「慎悟の言うとおり、私たち姉弟なのかもね」


 PM 5:30
コンコン
ノックの音で月島は目をさました。いつの間にか眠っていたのだ。時計を見て最後に時間を確認してから三十分もたっていないのを確認した。慎悟がまだ寝ているのでそっとドアのとこまでいってのぞき穴をみる。両刃だ。
月島はなんのためらいもなくドアを開けた。
「慎悟から合言葉のこと聞いてないのか?」
両刃が部屋に入る前に言った。
「合言葉?昨日家ではなかったじゃない」
月島が当たり前という顔をして言うと両刃は昨日と同じ、青汁でも飲んだような顔をしていった。
「慎悟に教育はちゃんとするようにいわなかったかな?あとルール・ブック渡しただろ」
「ええ」
「読んでないのか?」
「言われたところしかよんでないわ」
両刃は青汁とまずい健康ドリンクでも飲んだような顔になった。
「昨日、慎悟は『合言葉は?』って言ったのは覚えてるな?」
「ええ」
「それに対してオレはなんていった?」
「えっと、『合言葉なんかない。はやくあけろ』って」
「そう。合言葉は『合言葉なんかない』なんだよ」
「・・・なんでそんなのにしたの?」
「慎悟に聞いてくれ」
月島があきれた顔で聞くと両刃が肩をすくめて言った。
「ところで。どうしたの?」
「慎悟の調子を聞きに来た」
「寝てるわ」
「そうか・・・」
両刃は腕を組んでいった。
「どうしたの?」
「いや。慎悟はどうかしたのか?」
「頭が痛いそうよ」
「ふむ・・・」
両刃はなにか納得いかないようだ。
「とりあえず、入りなさいよ」
両刃はうなずいて中に入った。慎悟があまり気持ちよさそうには寝ていないのがわかった。
顔はゆがんで、なにか悪い夢でも見ているようだ。
「なにか言ってなかったか?」
「なにも。静かにここにいるように言われただけ」
「う〜ん」
「なんなのよ。さっきから便秘顔して」
「なんだよ、便秘顔って・・・・」
「悩んでる顔のことよ」
「初めて聞いた・・・」
両刃が絶対に聞こえないように小さい声でつぶやいたが月島には聞こえた。
「初めてでもいいからどうしたのよ」
「うむ。慎悟はな、探偵事務所を設立した五年前からオレが知る限りまともな病気にまったくなっていないんだ」
「なにそれ・・・」
「変な抗体でももってるんじゃないかな。そんな慎悟が急に頭が痛くなるなんていうのは何かあるのかもしれないから。後で聞いておいてくれ」
「どこか行くの?」
「総理が食事に行くんだ。一応ついていかないとならないんだ」
「慎悟は行かなくていいの?」
「かまわないよ。総理と木古内には調子が悪いって伝えてあるし」
「そう・・・」
「わるいけど、慎悟からは離れないでくれるか?夕飯はルームサービスでも取ってくれ。オレとリーは8時ごろまで帰れないから。質問は?」
「今日は別にいいんだけど、お土産はどこで買えばいいの?」
「・・・」
「どうしたの?」
「そんなことよく考えてられるな・・・」
「慎悟はすぐによくなるって信じてるから」
「あっそう・・・」
両刃にとって、あって数日でも慎悟のことを素直に信じられると言うのはうらやましいことだ。
「で、どこで買えばいいの?」
「一部屋に一台パソコンが置いてあるだろ。それを使って一人で調べてくれ」
「両刃は調べてないの」
「そんな暇はない」
両刃は無表情で言って出て行こうとした。
「ねえ、両刃」
出ようとした両刃に月島が思い出したように呼び止めた。
「なんだ?」
「やっと、普通に喋れたね」
月島が笑った。
「そんなことか・・・」
両刃はバタンと扉を閉めた。
「愛想がなくて悪いな・・・」
慎悟があくびをしながら起き上がった。
「あ、起こしちゃった?」
「いや。両刃のノック音で起きたんだ」
「じゃあ、なんで黙ってたの?」
「起きた直後に両刃の憎まれ口を聞くのはいやだから」
月島が笑った。
「両刃は麗菜に冷たくしてるけど、一応照れてるんだよ」
「どこが?」
「あいつは自分の感情をうまく出すことができないんだ。それで女性不信になっちゃったんだ」
「ふ〜ん、かわいそうね」
「あいつはあれでも結構うれしいんだ」
月島は両刃のことを同情しようとしている。
「で、何で急に頭が痛くなったかだっけ?」
「そう」
「ふむ・・・」
慎悟は腕を組んだ。
「なんなのよ、両刃もあんたも便秘顔になって」
「麗菜、オレもその言葉は初めて聞いたからな」
「いいから、なんなのよ」
「う〜ん。オレにも原因がよくわからないんだよ。一応そうなんじゃないのかなってのはあるんだけどそれがあっているかどうかはわからないんだ」
「いいから、話してみて」
「いやだ」
「なんでよ」
「オレの親のことなんだ」
月島はハッと息をのんだ。
昨日の月島の部屋で慎悟が見せた恐ろしい顔を思い出したのだ。
「その・・・、無理に話さなくてもいいのよ・・・」
月島が慌てて言った。
「いや、話そう。昨日の朝はあんなに怒っちまったからな。そのまえに・・・」
慎悟はテレビをつけた。夕方のニュースをやる時間なのでさっきの男の事を放送するか見るのだ。
「あの男のニュースはやらないわよ」
「なんで?」
月島が思い出したように言った。
「あんたが眠ってすぐに両刃が来たの。それでこのことは公にしないようにするって事を言ってたわ」
「理由はいってた?」
「いいえ」
「まあ、予想はつくけどね」
「何?」
「両刃は多分こんな見出しが新聞に載ると思ったんだよ。『片水慎悟探偵事務所が初のミス』」そんなニュースが流れたら客が減ると思ったんだろうな」
「そんなことで・・・」
「あいつにとっては死活問題なんだよ」
「ふ〜ん」
「とりあえず、ニュースは見とくよ」
そして慎悟はてきとうにチャンネルを回し始め、ニュースらしきものが見つかると留めた。そして立ち上がるとパソコンの電源をつけた。
「パソコンは何をするの?」
「インターネットでもニュースをみられるだろ。一応見とくのさ。あと、沖縄の土産物屋をさがすためにね」
慎悟はウィンクした。
ニュースが台風情報を伝える。
「台風18号は一週間後に沖ノ鳥島をまっすぐとおり東京へ向かいます。今回の台風はめずらしく沖縄のほうへきません・・・」
「インターネットでも男のニュースはゼロだな」
慎悟がインターネットのウィンドウを次々と移動させながら言った。
「いつも両刃はちゃんと仕事してくれてうれしいよ」
そういって慎悟はテレビとパソコンを消した。
「じゃあ今から話すからよ〜く聞いてくれ。ただし、しょせんは予想だから信じるも信じないもおまえのの勝手だからな」
「良いから話しなさい」
慎悟はうなずいた。